高所への健全な恐怖心と、高所恐怖症の境界線
高所への健全な恐怖心と、臨床的な恐怖症のあいだに境界線は存在するが、明確なわけではない。
ほとんどの人は、高いところにいると、多少の不安を覚えるものだ。それは大まかに言うと、システムが設計通りに機能しているからだ。一方、高所恐怖症とは、日常生活に支障をきたすほど極端かつ理不尽な恐怖心を覚える本格的な恐怖症であり、生涯有病率はおよそ3%から6%だ。恐怖症とまでは言えない人たち(はしごに上ると不安を感じたり、断崖絶壁の縁には近づきたくないと思ったりする程度)の割合は、それよりずっと多い。彼らは、進化生物学の言葉を借りるなら、高さに対して適切に調整されている。
高所恐怖症と、そうではない人の境界線は、高さに恐怖を覚えるかどうかではない。高所恐怖症と呼べるのは、恐怖心が実際の危険度に比例していない場合、安全な場所でも恐怖心が消えない場合、日常生活に支障が出るほど強い恐怖心を抱く傾向がある場合だ。
一部の人は、恐怖心が極端に強くなってしまうが、それには、遺伝的な感受性、前庭機能、身体的感覚の認知的な解釈、学習によって得た経験という複数の要因が相互作用している。遺伝的に受け継いだ脆弱性と、環境的ストレスが重なった時に恐怖症が生じると論じる「ストレス脆弱性モデル」は、こうした複雑な相互作用を的確にとらえている。単一の原因だけで発症するわけではなく、また、特定の要因が絶対に不可欠というわけでもないのだ。
これまでの研究をまとめると、高所への恐怖心の中核にあるのは、進化的なロジックにもとづいて作動する合理的なシステムだが、時折誤作動も起こす、と示唆される。扁桃体基底外側核(BLA)は、あなたが高い場所にいることを察知するが、あなたが立っているバルコニーが安全であることは理解しない。そして人類の先史時代ではおおむね、前者の情報だけで十分だった。
こうしたシステムは、現代生活では不要な苦痛につながることもある。しかしそれは、設計上の欠陥というよりは、人類の神経システムが、今の私たちが置かれた住環境とは異なる前提で作られたことを示している。
高所への恐怖心は、非合理的ではない。それは単に、一定の状況においては「時代が合っていない」だけなのだ。


