経済・社会

2026.05.22 16:45

社会イノベーションの最先端の教養 第四回 分断は、なぜ人と組織を壊していくのか —— 平和構築の現場から考える

metamorworks - stock.adobe.com

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いま世界では、「アイデンティティに基づく暴力(identity-based violence)」が再び強まっている。

民族、宗教、人種、国籍、政治的立場、ジェンダー。人々が互いを「一人の人間」としてではなく、「あちら側の人間」として見る構造が、世界各地で深まっている。実際、多くの国で政治的分断や排外主義、ヘイトスピーチ、陰謀論の広がりが問題となり、安全保障をめぐる緊張も高まり続けている。

しかし重要なのは、この暴力が、単なる“過激な一部の問題”ではないという点である。

背景にあるのは、社会全体に広がる不安、不信、孤立、そして「自分たちは尊重されていない」という感覚だ。経済格差の拡大、急速な社会変化、SNSによる情報空間の分断、コミュニティの希薄化。そうした環境のなかで、人々は複雑な現実を理解する余裕を失い、自分と似た価値観の集団へと引き寄せられていく。そして次第に、「違う側」の人々を、対話相手ではなく、脅威として見るようになる。

この構造は、遠い紛争地だけの話ではない。

企業や組織のなかにも、形を変えて似たようなことは起きうる。本社と現場、営業と管理部門、若手とベテラン、正社員と非正規。組織にはもともと、立場や役割の違いから生じる緊張関係が存在していた。

ただ近年、その境界線は以前よりも固定化されやすくなっているように見える。

リモートワークの拡大、SNS的コミュニケーションの浸透、価値観の多様化、雇用の流動化。人々は以前よりも、「自分と近い価値観の集団」の中で過ごす時間が増えた。一方で、異なる立場や価値観を持つ人々と、利害を超えて関わる機会は減っている。

すると人は、相手を「一人の複雑な人間」としてではなく、「あの部署の人」「経営側の人」「若い世代」「古い世代」といったカテゴリーとして見やすくなる。そして、こうした境界線が固定化されていくとき、人は少しずつ、「対話」よりも「立場」を優先するようになる。

人が互いを脅威として見始める構造

最近、世界の社会イノベーションの議論では、「アイデンティティに基づく暴力」を、遠い地域の特殊な問題としてではなく、社会や組織の至るところで起きうる構造として捉える視点が広がっている。

もちろん、経営や組織論の世界でも、以前から、異なる意見を持つ人々が安心して発言し、学び合える環境の重要性は語られてきた。心理的安全性、学習する組織、多様性、対話型組織。こうした概念は、変化の激しい時代において、多様な視点が組織の学習を支えることを示してきた。

しかし近年、社会イノベーションや平和構築の領域では、そこにさらに、「トラウマ」や「関係性の修復」といった視点が加わり始めている。

つまり、社会における沈黙や対立、学習停止を、単なるコミュニケーション不全としてではなく、「人が互いを脅威として見始める構造」として捉えようとする視点である。

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文=井川 定一(スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー・ジャパン副編集長)

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