経済・社会

2026.05.22 16:45

社会イノベーションの最先端の教養 第四回 分断は、なぜ人と組織を壊していくのか —— 平和構築の現場から考える

metamorworks - stock.adobe.com

SSIR-Jで紹介した「草の根からアイデンティティに基づく暴力を防ぐ」という記事も、その重要な示唆を与えてくれる。この記事が描いているのは、民族や宗教に基づく暴力は、ある日突然始まるわけではないということだ。そこには長い時間をかけて蓄積した社会的分断、不信、排除、沈黙がある。人々が少しずつ、相手を「一人の人間」ではなく、「あちら側の人」として見るようになる。その積み重ねの先に暴力がある。

advertisement

この記事で特に印象的だったのは、「では、どうやって分断を修復していったのか」という点である。

コソボ北部の都市ミトロヴィツァでは、セルビア系住民とアルバニア系住民が川を挟んで分断されていた。両者をつなぐ橋は、長年「境界線」の象徴だった。しかし地域組織CBMは、その橋の上に市場をつくった。住民たちが食料や衣類を売買し、日常的に接点を持つ場を生み出したのである。橋を「対立の象徴」から、「共有された日常の場」へと変えていった。

興味深いのは、人々は、まず「正しさ」を競おうとはしなかったことである。

advertisement

どちらの歴史認識が正しいのか。どちらがより被害を受けたのか。もちろん、それらは重要な問いである。しかし分断が深まった状態では、人は相手の主張を聞く余裕を失っている。だから人々はまず、「共通の経験」や「共通の利益」をつくろうとした。共に市場を運営する。共に地域の未来を考える。ともに子どもたちの教育を支える。つまり、「違いをなくす」のではなく、「違いを抱えたまま接点を持ち続けられる状態」をつくろうとしたのである。

互いが何に苦しんでいるのか

これは、組織を考えるうえでも示唆的ではないだろうか。

分断が深まった組織では、人は相手を「個人」ではなく、「カテゴリー」として見るようになる。「あの部署はわかっていない」「経営は現実を知らない」「若手は責任感がない」「現場は視野が狭い」

こうした言葉が増え始めたとき、組織のなかでは、静かな分断が始まっているのかもしれない。そして、その状態では、人は正論だけでは変わらない。むしろ必要なのは、互いを「敵」や「属性」ではなく、再び「人間」として見られるような接点を取り戻していくことなのだろう。

記事のなかでは、「相互の苦しみを認識すること」の重要性も語られていた。分断が深い社会では、人々はしばしば「自分たちこそ被害者だ」と感じている。すると、相手の苦しみを見る余裕を失う。だから地域組織は、「どちらがより苦しんだか」を競うのではなく、「互いに傷ついている」という理解を育てようとしていた。

現場には現場の苦しさがある。経営には経営の孤独がある。若手には不安があり、管理職にはプレッシャーがある。しかし分断が進んだ組織では、人は自分たちの苦しみしか見えなくなる。だからこそ必要なのは、「誰が正しいか」を競うことではなく、「互いが何に苦しんでいるのか」を理解しようとすることなのかもしれない。

平和とは、単に衝突がない状態ではない。違いを抱えたままでも、関係性を壊さずに学び続けられる状態のことなのかもしれない。もしそうだとすれば、平和構築の現場で積み重ねられてきた知見は、これからの組織や社会を考えるうえでも、重要な示唆を与えてくれているように思う。

■関連記事
草の根からアイデンティティに基づく暴力を防ぐ(スーザン・アッペ、デイビッド・A・キャンベル、ケリー・ウィガム)
https://ssir-j.org/preventing-identity-based-violence-from-the-ground-up/

文=井川 定一(スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー・ジャパン副編集長)

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事