──企業価値担保権は、これらの課題をどのように乗り越えようとしている制度なのでしょうか?
正林: 大きなポイントは、知財だけを切り出して評価するのではなく、事業全体の価値を構成する要素としてとらえる点にあります。
例えば、有効な特許ポートフォリオによって競合他社の参入を抑制しているなど将来に向けての優位性が確認できれば、事業の将来性や返済可能性をより前向きに評価する材料を得ることができます。知財はそれ単体では融資の可否を決定づけるものではありませんが、事業の強さや継続性を評価する上で、重要な役割を果たすことができるものといえます。そこに今回の制度を知財の側から見る大きな意味があります。
また、企業価値担保権の活用においては、金融機関に「伴走」の姿勢が求められます。事業が「倒れた後」に回収して終わりという発想ではなく、「つまずきそう」な予兆を捉えてすみやかに手を差し伸べられるようにするという意識を持つことが期待されています。このため、経験を備えた専門家と連携しながらリスクを把握していくことも重要です。
──ノウハウのような「見せられないもの」を、どう金融機関に伝えるのでしょう。
正林: 核心部分をそのまま開示する必要はありません。むしろ重要なのは、秘匿すべきノウハウを守りながら、その技術によって何が可能になり、どのような収益や競争優位につながるのかを伝えることです。つまり、技術の核心を明かさずに、それが生み出す価値を金融機関の言葉に変換することになります。
このためには、技術がわかるだけでは不十分であることから、当事務所では銀行出身者などの知財金融に精通する専門チームを設け、技術や知財の価値を金融機関と企業の「共通言語」に変換する体制を整えています。
経営の意思決定を支える「IPランドスケープ」「知財DD」活用
──企業の知財戦略を「見える化」するために、具体的にどのようなツールを使いますか?
正林: 「IPランドスケープ」と「知財デューデリジェンス(DD)」をセットで活用します。IPランドスケープは、知財情報を経営判断につなげる分析手法です。例えば、ある技術発明のキーパーソン(発明者)を特定すると、M&Aの場面であれば、「この技術はその発明者一人で成り立っているのか、その発明者が属するチームで生み出されているのか」によって打ち手が変わります。特定の発明者への依存度が高いのであればヘッドハンティングを、チームとして技術が蓄積されているのであれば、事業部単位、あるいは会社単位での承継・提携・買収を検討することになります。このように、IPランドスケープは経営の意思決定を支える材料となります。
一方の知財DDは、対象企業が保有する権利に瑕疵や他社権利の侵害リスクはないかなど、融資判断をする際に落とし穴がないかを確認するための分析手段です。IPランドスケープで「この知財はこういう市場でこれだけ強い」という魅力を示し、知財DDで「リスクがない、あるいはリスクはあるが管理できる範囲にある」という安心材料を示すような活用方法があります。
知財の強みを示すだけでなく金融機関が不安に感じる点をあらかじめ洗い出し、管理可能なリスクとして整理する。この二つが揃って初めて、知財の経済価値評価に進むための前提条件が整います。金融機関の担当者に必要なのは、内部で説明可能な融資判断を支える客観的な説明材料です。求められるのは見栄えの良い資料ではなく、技術や知財の実態を踏まえ、それが事業の収益力や継続性にどう結びついているかを、関係者が共通して理解できる言葉で示された資料です。


