少年時代の努力が支えたサッカー選手人生の歩み
ベッカムが努力を惜しまない姿勢を身に付けたのは、ロンドンのイーストエンドで育った少年時代のことだ。父テッドはガスオーブンの修理・点検の仕事に就き、母サンドラは美容師だった。セミプロのサッカー選手としてプレーした経験を持つ父は長時間働き、朝6時に家を出て、夜9時まで戻らないことも多かった。母は自宅で、年配の女性客を相手に夜11時まで髪を切ることも多く、その合間に子どもを学校へ迎えに行き、夕食を作り、ベッカムと2人の姉妹が宿題をするよう見守っていた。「私もそばで手伝っていた。紅茶を入れたり、ケーキを作ったりしていた。両親が私に与えてくれた最大のものは、仕事に向き合う姿勢だった。結局のところ、それがすべてだ」とベッカムは語る。
成長が遅く、同年代の子どもよりも小柄だったベッカムは、放課後や週末になると、ドリブルやステップオーバーの練習に明け暮れた。11歳のときにサッカーのスキルコンテストで優勝し、14歳でマンチェスター・ユナイテッドのユースチームと週給約37.50ポンド(約8063円)の契約を結んだ。1996年、21歳だった彼はアディダスのスカウトの目に留まり、初めての契約を手にした。契約額は約7万5000ドル(約1200万円、現在の価値で約16万ドル[約2500万円])だった。
22歳になるころには、ベッカムの名前は英国中に知られるようになっていた。当時はベッカム以上の知名度を誇っていたスパイス・ガールズのビクトリア・アダムスと交際を始めると、その人気は一気に広がった。英国のタブロイド紙はまもなく、2人を「ポッシュ&ベックス」と呼ぶようになった。ベッカムはその年、ヘアポマードブランドのブリルクリームと初のエンドースメント契約も結んだ。4年契約で、契約額は約700万ドル(約11億1300万円)だった。
だが、その直後に大きな試練が訪れた。1998年ワールドカップで、ベッカムは悪名高いレッドカードを受けた。この退場がイングランドの敗戦を招いたと批判され、彼はその後何年にもわたり、怒ったファンから罵声を浴びることになった。それでもベッカムは黙々と努力を続け、3年後のギリシャ戦では、アディショナルタイムに鮮やかなフリーキックを決め、イングランドを2002年ワールドカップ出場へ導いた。2003年までにベッカムは、イングランド代表の主将となり、プレミアリーグで6度の優勝を果たし、チャンピオンズリーグ制覇も経験した。そして次の舞台をレアル・マドリードへ移した。
エンドースメント契約から脱却したブランド事業
ベッカムはレアル・マドリードでプレーしていた時期に、ピッチ外で約1億ドル(約159億円)を稼いだ。その中には、2003年にアディダスと結んだ契約も含まれる。この契約は当時のスポーツ界で最大級のスポンサー契約とされ、ベッカムには総額1億6000万ドル(約254億4000万円)が支払われたと報じられた。グッズ販売やプロモーション活動から得られる利益の一部も受け取る条件になっていた。こうした大型契約を結ぶ一方で、ベッカムは単にエンドースメント契約の報酬を受け取るだけのビジネスから脱却しようと考え、2003年に長年ビクトリアの仕事を手がけていた英国のタレントマネジャー、サイモン・フラーと契約した。
その後の10年間、ベッカムは4カ国の名門チームを渡り歩き、自身の知名度を最大限に活用した。2007年まではレアル・マドリード、2007年から2012年まではロサンゼルス・ギャラクシー、2009年と2010年には期限付き移籍でACミラン、そして現役最後の年となった2013年の前半には、パリ・サンジェルマンでプレーした。
また、ベッカムは、2006年ワールドカップではイングランド代表の主将を務め、2011年と2012年にはギャラクシーでMLSカップを制した。その間、フラーはベッカムがボーダフォン、ジレット、コティ、アルマーニなどと複数年契約を結ぶのを支えた。
2019年に持ち分を買い取り自分で動かす事業へ
だが、ベッカムはやがて、フラーの力を借りなくても自分でやっていけると気づき、2019年には、フラーが保有していたブランド事業の3分の1の持ち分を約5000万ドル(約79億5000万円)で買い取った。「自分の世界を自分でコントロールしたかった。自分のビジネスと未来を、自分で動かしたかった」とベッカムは語る。
2022年初めまでにベッカムのブランド事業は順調に成長していた。社内では30人のスタッフが、パートナーシップ、マーケティング、ソーシャルメディア、PR、クリエイティブを内製で担い、年間売上高は約5000万ドル(約79億5000万円)に達していた。そこに声をかけたのが、ディズニーに次ぐ世界2位のブランドライセンス会社、オーセンティック・ブランズ・グループの創業者兼CEOであるジェイミー・ソルターだった。ソルターはすでにエルビス・プレスリー、マリリン・モンロー、シャキール・オニールの権利を保有しており、高級セレブリティブランドの扱いにも豊富な経験を持っていた。
「デビッドは、自分のブランドに徹底してこだわるタイプで、ミスは許さない。高級感を打ち出すなら、すべてを細部まで整えなければならないからだ」とソルターは語る。「彼は汚れた車には乗らないし、いつも隙のない服装をしている。デビッド・ベッカムは、常に完璧だ」。
20年近くベッカムと親交があるNFLの名選手トム・ブレイディも、「彼は何かを決めるとき、とても慎重で、よく考え抜いている」と語る。
ブランド事業55%譲渡で得た約397億円の対価
ソルターとベッカムは2019年2月、ベッカムのブランド事業の55%をオーセンティックに譲渡する契約をまとめた。ベッカムはその対価として、現金と非上場のオーセンティック株を合わせて2億5000万ドル(約397億5000万円)を受け取った。当時のオーセンティックの評価額は約130億ドル(約2.07兆円)だった。
ソルターはこの取引によって、世界で最も商品価値の高いスターの1人を自社に加えられた。一方のベッカムは、世界有数のマーケティング企業と組み、多額の現金と株式を手にした。クリエイティブ面の主導権と45%の持ち分を維持したことで、その後の事業の成長からも利益を得られる立場になった。「結局のところ、デビッドが望まないことを我々が進めることはない」とソルターは語る。
オーセンティックとの契約以降、ベッカムのブランド事業は急成長し、2025年には売上高が1億ドル(約160億円)に達した。ベッカムが保有するオーセンティック株の価値も同じように上昇している。推定売上高20億ドル(約3180億円)のブランド大手であるオーセンティックは、小売企業のブルックス・ブラザーズやフォーエバー21も傘下に収めており、現在の評価額は推定200億ドル(約3.18兆円)に達する。これにより、ベッカムは50%超のリターンを得た計算だ。
映像作品から健康事業へ広がった存在感を保つ取り組み
ベッカムは、自分の存在感を保つための取り組みも続けた。現役引退から10年となった2023年、Studio 99はベッカムのキャリアを追った全4話のネットフリックス・ドキュメンタリーシリーズを公開した。この作品は公開初週に1200万回超の再生を記録し、エミー賞の優秀ドキュメンタリーシリーズ賞を受賞した。ベッカムが狙った通り、新しい世代のファンや顧客に彼の存在を届ける役割も果たした。
ネットフリックスの最高コンテンツ責任者ベラ・バジャリアは、「『ベッカム』は当社にとって大きな成功作だった」と語る。バジャリアは、2025年10月に配信が始まったビクトリアを題材にした全3話シリーズにもゴーサインを出し、12月にはベッカムとファーストルック契約(映画監督や製作会社の企画を特定の配給会社が優先的に見ることができる契約)を結んだ。この契約により、ネットフリックスは今後3年間、Studio 99が手がけるドキュメンタリーや台本なしの企画を優先的に検討できる権利を得た。
2024年に共同創業した、アンチエイジングのサプリメント事業
毎日の健康管理があまりに複雑になり、棚いっぱいの錠剤やサプリメントを管理しなければならないことに不満を感じていたベッカムは、2024年、香港に本社を置くナスダック上場のヘルスサイエンス企業Preneticsと組み、アンチエイジングサプリメント会社の「IM8」を共同創業した。オールインワンの粉末サプリメントと、毎日飲むサプリメントを販売する同社の2025年の売上高は6000万ドル(約95億4000万円)だった。2026年には2億ドル(約318億円)の達成を目指している。
「彼には並外れた才能があるけれど、努力なしでここまで来たわけではない」とビクトリアは語る。「サッカー選手の中には、自然に何でもできてしまう人もいる。でも、デビッドはサッカーでも努力を重ねてきた。ビジネスでも同じだ」


