航空への関心から技術者となり、建材会社に加わった創業者
Quikreteの始まりは、1940年にオハイオ州コロンバスで設立されたメインテナンス・プロダクツという小さな建材会社だった。Quikreteが公表している社史によると、この前身企業は「わずかな成功しか収められず、方向性もほとんど定まっていなかった」という。流れが変わったのは、その10年後のことで、のちにQuikreteの創業者とされる元航空技術者のジーン・ウィンチェスター(2003年死去)が、ゼネラルマネジャーとして同社に加わったときだった。
遺族がアトランタ・ジャーナル・コンスティテューションに掲載した訃報によると、ウィンチェスターは、「ルッピー」という愛称で呼ばれたテネシー州の炭鉱労働者を父に持つ人物だった。彼が航空への関心を抱くようになったのは、10歳だった1927年のことだ。この年、チャールズ・リンドバーグがニューヨークからパリへの初の単独無着陸飛行を成し遂げ、航空界では「リンドバーグ・ブーム」と呼ばれる熱狂が広がった。
ウィンチェスターは19歳になると、カリフォルニア州グレンデールに移り、カーチス・ライト社が運営する職業学校で航空工学を学んだ後、セントルイスで同社に就職した。業界内で何度も転居を伴う仕事を経験し、6人の子どものうち5人が生まれた後、ウィンチェスターは腰を落ち着けたいと考えるようになった。1950年、オハイオ州の州都にあった当時のメインテナンス・プロダクツの職を得た。
1951年に袋入りコンクリートを投入し、DIY市場を切り開く
翌1951年、ウィンチェスターは、同社初のブランド商品「Gemaco Quikrete」を市場に投入し、あらかじめ配合された袋入りコンクリートという分野を切り開いた。この製品はその後、建設のあり方を大きく変え、DIYによる住宅リフォーム市場の形成にもつながっていった。
競合のSakrete(現在は上場する建材大手CRHの一部)は、メインテナンス・プロダクツに先駆けてこの市場に参入していたようだ。Sakreteは1936年、水を加えるだけで使える乾燥コンクリートミックスを初めて袋入りで販売していた。
その15年後になっても、Sakreteはまだ広く普及していなかった。ウィンチェスターが競合商品を投入した当時、コンクリート作業では、複数の材料を混ぜ合わせる複雑な作業を行うか、工場で練った生コンクリートをトラックで運んでくるのがほぼ一般的だった。後者の方法は「レディーミクストコンクリート」と呼ばれ、現在も大型建設プロジェクトでは標準的に使われている。Quikreteが後に主力とする小規模から中規模の作業には向いていなかった。
雇い主を買収し、全国規模の流通網を約50市場へ広げる
米国経済が大恐慌の時代を抜け、第2次世界大戦後の好景気へと向かう中で、ウィンチェスターはGemaco Quikreteの可能性に気づいたと考えられる。彼は資金を「なんとかかき集め」、雇い主だったメインテナンス・プロダクツを買収し、1965年に社名をQuikreteに変更した。
ウィンチェスターは、この製品を成功させるには全国規模の流通網が欠かせないと判断した。彼はすぐに各地を回り始め、販売網の拡大に乗り出した。その結果、同社の販売網はオハイオ州の外へ広がり、1980年代末までに米国とカナダの約50市場をカバーするまでになった。
「製品の性質上、各地に製造拠点を持つ必要があった。それが自然に、全米規模の非常に強力な流通網へと発展していった」と、Quikreteで長年幹部を務めたウィンチェスターの息子デニス・ウィンチェスターは、2015年の同社の動画で語っていた。「80ポンド(約36キロ)の袋入りコンクリートを、ハワイとアラスカを含む米国内のどこへでも24時間以内に届けられる企業はほとんどない。我々はそれを1960年代と1970年代に実現していた」。


