経済・社会

2026.06.16 14:15

女性の健康課題による経済損失、年約3.4兆━━女性の健康は「未開拓の戦略市場」へ

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2|市場を動かすのは「政策」と「資本」── 各国はどう転換点を迎えたのか

女性の健康市場が立ち上がった背景には、単なる投資拡大ではなく、「課題が社会問題として認識される転換点」が各国で存在している点が重要である。政策と資本は、その転換点を契機に一気に動き出している。

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まず米国では、二つの事象が大きな転換点となった。

一つは、長年の研究におけるバイアスへの反省と、それに対する政策的是正の流れである。1990年代以降、臨床研究における女性参加の義務化が進んだが、それでもなお更年期や慢性疾患領域は後回しにされてきた。この遅れに対し、近年、女性の健康格差が経済損失として定量化されたことが転機となった。すなわち、「公平性」の問題から「経済合理性」の問題へと議論がシフトしたのである。これを受けて、ホワイトハウス主導で女性健康研究の横断的枠組みが立ち上がり、アメリカ国立衛生研究所(NIH)を中心とした研究投資の再設計が進んだ。議会に提案された120億ドル(約1.8兆円)規模の基金は、その象徴である。ここでは、政策が「市場の前提条件」を整備し、その後に民間資本が流入する構造が見て取れる。

次に英国では、より社会運動に近い形で転換が起きている。月経や更年期に関するタブー視に対して、当事者や著名人が声を上げ、メディアでの議論が一気に拡大した。いわゆる“生理の尊厳(Period Dignity)”や更年期のオープンな議論が広がったことが、政策形成の直接的なきっかけとなっている。こうした社会的圧力を背景に、政府は2022年に女性の健康戦略を策定し、スコットランドでは月経用品の無償提供に5,300万ポンド(約110億円)を投じるなど、具体的な制度改革に踏み込んだ。ここでは、「社会の声」が先行し、それを政策が制度化する形で市場環境が整備された。

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最後にフランスなど欧州では、特定疾患を起点としたアプローチが特徴的である。子宮内膜症に関する患者団体や専門医の問題提起が積み重なり、「診断の遅れ」という具体的な医療課題が社会問題として認識された。これを受けて国家戦略が策定され、研究・診療ネットワークへの投資が進んだ。ここでは、「疾患の可視化」が政策と投資の起点となっている。

こうした政策の動きと並行して、民間資本も明確なロジックを持って流入している。重要なのは、単に市場規模が大きいからではない。政策により「需要が顕在化し」「制度的リスクが低減された」ことで、投資可能性が高まった点である。

実際、資本市場においてフェムテック(FemTech)への投資は2024年時点で約22億ドル(約3300億円)規模に達している。米ヘルステック企業のMavenは妊娠・出産だけでなく更年期までを含むライフステージ全体のケアを提供するプラットフォームとして約1.2億ドル(約180億円)を調達し、企業の福利厚生市場を取り込むことで成長している。また、米ヘルステック企業のMidi Healthは更年期という従来は医療サービスとして十分に成立していなかった領域をオンライン診療として再定義し、約1.5億ドル(約225億円)を調達している。

これらの企業に資金を供給しているのは、従来型のベンチャーキャピタルだけではない。ヘルスケア特化ファンド、保険会社、さらには年金基金といった長期資本が参入している点が特徴的である。背景には、女性の健康が「一過性のトレンド」ではなく、「人口動態に裏付けられた持続的需要」を持つ市場であるという認識がある。

整理すれば、各国はそれぞれ異なる起点を持ちながらも、共通して三つのステップを経て市場を形成している。すなわち、(1)課題の可視化(社会運動・データ・疾患認識)、(2)政策による制度化、2.資本の流入によるスケール化、である。

女性の健康市場は、自然に立ち上がったのではない。意識の変化と制度設計、そして資本投入が段階的に重なった結果として、初めて市場として成立しているのである。

次ページ > 3|日本市場の現在地──「認識」は進み、「構造」は追いつかない

文=唐木明子

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