植物性食物に適応していたことを示す証拠の中でもとりわけ説得力があるのが、遺伝学的な証拠だ。2007年に『Nature Genetics』で発表された研究で、人類は他の霊長類よりも、唾液アミラーゼ遺伝子(AMY1)のコピー数が大幅に多いことが明らかになった。アミラーゼは、食事から摂取されたでんぷんを、口の中で分解する酵素だ。AMY1のコピー数が多ければ多いほど、アミラーゼの分泌量も増え、炭水化物をより効率的に消化できる。
このような適応が起きたのは、最近ではない。AMY1の重複は、現生人類が登場する以前から起きていたらしく、でんぷん質の植物性食物を消費してきた長い進化の歴史と相関関係にある。でんぷん質の植物性食物として最も有力なのは、塊茎といった地下貯蔵器官だろう。塊茎は年間を通じて手に入るが、大型の狩猟動物はそうはいかなかった。
300万年から400万年前に存在していた人類の祖先アウストラロピテクスの骨を同位体分析したところ、食事の痕跡は、植物中心の食生活と一致しており、肉はほとんど食べていなかったことが示された。
動物性食物の摂取へと大きく舵を切った時期は、ホモ属ならびに石器が出現したころと重なっていると見られる。そして、すべてのヒト科が肉食に移行したわけではなく、特定の系統(ホモ属)で顕著だった。これが重要なのは、人類の進化史という物語全体において、植物が優位を占める章が非常に長かったことを意味するからだ。
ここに、料理という要素が加わると、物語は実に複雑になっていく。霊長類の行動生態学を専門とするリチャード・ランガムは、『火の賜物―ヒトは料理で進化した』(邦訳:NTT出版)で、数十年に及ぶ研究をまとめた「料理仮説(cooking hypothesis)」を提唱した。そして、火を扱うことと、植物性と動物性の両方の食物を料理すること自体が、脳が巨大化する上で主な原動力となったと主張した。
料理することで、でんぷん質の根菜や塊茎から得られるカロリーの生物学的利用率が向上した。そうした食物は突如として、生存を可能にする主食となった。料理することで肉も柔らかくなり、生肉を噛むために必要なあごの筋肉組織が減り、ひいては、頭蓋骨内に脳組織のための空きスペースができた。
ここで重要となるのは、料理は単に、食物の安全性を高めるための手段ではなかったことだ。料理は生物学的な「てこ」となり、そもそも「食物して見なされるもの」を変えたのだ。
人類にとって、肉食は「不可欠」か
人類にとって、肉食は不可欠なのだろうか。この問いについては、データから一歩離れ、私たちが何を理解しようとしているのかを自問する知的な誠実さが求められる。
「人類は肉を食べるように進化したのか」という問いに対する答えは、狭い意味では「イエス」だろう。ここ200万年に限れば、実質的にはまさにその通りだ。しかしそれよりも大事なのは、「(肉食へと進化した事実は)現代の自分が何を食べるべきかという問いにとって、何を意味するのか」だ。この問いに対しては、進化生物学だけでは答えを出すことができない。
この点については、ホモ属は200万年近くにわたってハイパーカーニボア(超肉食性動物)だったとする仮説を最も強く支持する研究者の一人であるミキ・ベン・ドールも、自ら論文の中で明確に述べている。


