今日の大手AI企業の多くとは異なり、かつて米国最大の非上場ソフトウェア企業だったSASは、1976年の創業以来、黒字を維持しながら着実な成長を遂げてきた。あらゆる方向からの競争と、今後に控える経営トップの交代が、共同創業者兼CEO、ジム・グッドナイト(83)が長年貫いてきた堅実経営の戦略を試そうとしている。
創業50年、「レガシー」批判に反論する83歳の共同創業者兼CEO
アナリティクス企業SASの共同創業者でCEOを務めるビリオネア、ジム・グッドナイト。その日は飾り気のない白いシャツ姿だった。ノースカロライナ州ケーリーにある同社の会議室で、彼は革張りの椅子に腰を下ろしていた。光を放つ宝石や鉱物、化石が並ぶその部屋は、経営トップの執務室というより、地質学の展示室に近かった。壁際には黄鉄鉱の塊、紫色のアメシスト、ゴビ砂漠で見つかった6900万年前のハドロサウルスの卵の化石、隕石が並んでいた。グッドナイトはその隕石について、「頭にぶつかってほしいものではない」と真顔で冗談を飛ばす。
SASは創業50年を迎え、CEOのグッドナイトは83歳になった。同社は顧客企業が抱える大量のデータをリアルタイムで分析し、的確な経営判断を下せるよう支援している。近年は、巨額の赤字を抱えながら急成長するAI企業が世界を揺さぶっている。そうした新興勢と比べると、グッドナイトとSASは、部屋に並ぶ岩石と同じように、AIブーム以前の時代から残る存在のようにも映る。
統計学のパイオニアとしてアナリティクス分野の輪郭を形づくってきたグッドナイトは、「世間には、SASをレガシーソフトウェアと呼んで軽く見る向きもある。だが、それは間違いだ。我々は50年にわたって改良を重ねてきた」と語る。SASは現在、長年の歩みが停滞ではなく、進化の積み重ねだったことを証明しなければならない。
売上約4770億円、非上場のSASをAIブームが試す
SASの年間売上高は30億ドル(約4770億円。1ドル=159円換算)をわずかに上回る。同社は「フォーチュン100」に選ばれた企業の大半を顧客としており、金融サービス分野ではリスト入りした企業の90%、ヘルスケア・ライフサイエンス分野では全社を顧客としている。ほぼすべての政府機関もSASを利用している。それでも同社は非上場を維持し、黒字経営と無借金を貫いてきた。
AIブームは同社の経営姿勢を試している。OpenAIやAnthropic、データ分析分野の新興企業が相次ぎ、「レガシー」な既存企業と決別する未来を売り込んでいる。マイクロソフトやアマゾンのようなハイパースケーラーは、データとAIをクラウド契約に組み込んでいる。公共部門をめぐる競争も激しさを増している。
SAS社内では、次の経営体制への移行が現実味を帯びている。グッドナイトは何年も前から経営トップの交代を示唆しており、後継計画の選択肢として新規株式公開(IPO)を挙げてきた。「上場するなら、別のCEOが必要だ。私のような年寄りが株を売り込んで回る姿など、誰も見たくないだろう」と彼は語る。
SASは現在、十分な速さで近代化を進め、AI時代でも存在感を保てる企業であり続けられるのかを問われている。これまで同社は、市場の変動に耐え、慎重で利益重視の経営規律を守ることで、ソフトウェア業界では異色の存在となってきた。その強みを失わずに変われるのか。その変革を、グッドナイトなしで実現できるのか。
「次の単語を選ぶだけ」とLLMに疑問を投げるグッドナイト
グッドナイト自身は、これまで数々のサイクルを経験してきたため、SASがそれを実現できると自信を示す。ドットコムブーム期には外部資金の受け入れを検討したが、最終的には見送った。ドットコムバブルの崩壊は、その慎重な判断が正しかったことを証明した。航空会社への投資など、失敗も経験してきた。2022年には株式市場が調整局面に入り、その影響でSASのIPO計画が先送りになった可能性がある。グッドナイトは、生成AIがビジネスの法則を書き換えたという見方にも動じていない。
「AIは確率に基づいて、文章の次に来る単語を選んでいるだけだ」と、グッドナイトは大規模言語モデル(LLM)の仕組みを正確に言い表す。そのうえで、「それで何が解決できるというのか」と疑問を投げかける。彼は、SASが何十年にもわたって顧客から得てきた信頼と、金融、ヘルスケア、政府サービス分野で培ってきた「ドメイン専門知識」が、同社の優位性を保つ助けになると考えている。
CTOハリスとCOOデイに引き継ぐ見通しも、どちらを後継CEOとするかは未定
とはいえ、AI時代におけるSASの未来は、グッドナイトより若い世代の手に委ねられる可能性が高い。彼はここ数年、日々の業務のオペレーションを新世代の幹部に任せる場面を増やしてきた。なかでも中心的な存在が、最高技術責任者(CTO)のブライアン・ハリスと最高執行責任者(COO)のギャビン・デイだ。グッドナイトは、ハリスとデイに後継者としての訓練をしていると語る。2人のどちらをCEOにするかはまだ決めていない。
2人が引き継ごうとしている計画は、言葉にするのは簡単だが、実行に移すのは難しいものだ。SASが50年前と同じ会社ではないことを顧客に納得してもらい、賢明な経営判断に本当に役立つAIを売り込む必要がある。単に「役に立ちそう」に見えるAIでは不十分だ。顧客ごとに必要とされる形に合わせて製品を作り込まなければならない。
「我々にとって最大の逆風は、長くこの市場にいる企業だと見られていることだ」とハリスは語る。



