広大な本社の敷地に羊と円周率の彫刻が並ぶ「キャンパス」
SASが既存の大手であることは、ノースカロライナ州にある広大な本社からも見て取れる。300エーカー(約121万平方メートル)に及ぶ並木に囲まれた敷地には、託児所や診療所があり、昼休みには社員が社内サッカーに興じるグラウンドが点在する。州内でも数少ない5つ星ホテルの1つが立ち、太陽光パネルの下では数十頭のおとなしい羊が草を食んでいる。
アナリティクス・ドライブからリサーチ・ドライブへ左折し、バイナリー・ウェイを進むと、円周率(π)をかたどったまばゆい銀色の彫刻が目に飛び込んでくる。SASが「キャンパス」と呼ぶこの本社敷地には、グッドナイトの理念とSASの学術的な出自が色濃く反映されている。
1976年に法人化、グッドナイトの資産は約2.11兆円
ノースカロライナ州立大学から生まれた企業であるSASの社名は「Statistical Analysis System」に由来する。1960年代後半、統計学の博士号を取得したばかりの若手教員だったグッドナイトは、トニー・バーと組み、同大学農学部のデータを選別・分析するソフトウェアを開発した。そのツールが100社を超える外部顧客を獲得したことを受け、グッドナイト、バー、ジョン・ソール、ジェーン・ヘルウィグは1976年にSASインスティテュートを法人化した。
バーは1979年、自身が保有していた40%の持ち分を34万ドル(約5400万円)で売却した。2021年に亡くなったヘルウィグも、その数年後に退社し、持ち分を売却した。現在、SASの3分の2を保有するグッドナイトは、資産額が133億ドル(約2.11兆円)に上り、ノースカロライナ州で最も裕福な人物となっている。SASの残りの3分の1はソールが保有しており、その価値は65億ドル(約1.03兆円)とされる。
「ブック・ブリゲード」の時代、創業初日から黒字
創業当初から、SASは自力で事業を築いてきた。同社のソフトウェアがまだ物理的な書籍の形で販売されていた時代には、新しい書籍の出荷分が届くたびに、創業者を含む全社員が一列に並び、ある社員の自宅の地下室へとそれらを運び込んでいた。共同創業者のソールは、この恒例行事を「ブック・ブリゲード(本の運搬隊)」と呼んで振り返る。
見込み客からの問い合わせが途絶えると、グッドナイトは共同創業者に自ら売り込みに回るよう求めた。ソールによれば、金物店を営む父のもとで育ったグッドナイトは、SASの見込み客をアルファベット順に4つのグループに分け、共同創業者にそれぞれ担当させたという。
その地道な営業は実を結んだ。フォーブスが過去に報じたところによると、SASは創業初日からキャッシュフローが黒字で、1996年には売上高6億ドル(約954億円)、推定営業利益3億ドル(約477億円)を計上していた。ソールによれば、SASは最速で規模を拡大する道を選ばず、収益性を優先しながら着実に成長していった。
1週間あたり重量5000キロのM&M'sで社員の離職を抑える
SASは事業を拡大しながら、従業員を大切にする会社としても知られるようになった。その姿勢は、同社のキャンパスにも表れている。福利厚生は、全社で週あたり重量約5000キロのM&M'sチョコレートを無料で配る取り組みに始まり、敷地内の診療所や薬局、会社が費用を補助する社内保育施設、ヘアサロンへと広がっていった。
1980年代から1990年代には一般的ではなかったこうした制度は、グッドナイトの人材定着策だった。社員の満足度を高め、離職率を低く抑え、賞与や、希薄化を招くストックオプションの付与に伴う高コストな人材の入れ替わりを避ける狙いがあった。
グッドナイトはかつて、「SASの資産の95%は人材だ。その資産は毎晩、正門から車で家に帰っていく」と冗談を言っていた。コロナ禍を経てリモートワーク制度が定着した現在、その冗談は以前ほど成り立たなくなった。「現在では、彼らを出社させることすら難しい」と彼は語る。


