本当の「私の三つ星」ために
今回の退任は「成長するため」だと断言する。彼はかつて、ニューヨークの三つ星「パ・セ」のスーシェフの座と何不自由ない待遇を捨てて、パリの三つ星「エピキュール」で一番下のポジションからスタートし、小さな屋根裏部屋で暮らしたこともある。
2020年には香港「ベロン」でアジアのベストレストラン4位に輝くが、新しい挑戦であった「セザン」のオープンのために、一筋の迷いもなく東京に移住。4年後にアジアNo.1の座に輝いた。「現状に安住していては、さらなる高みを目指せない」と、輝かしいタイトルを手にしてもそのハングリーな姿勢は変わらない。
この秋に自らのファインダイニングの店を構えるが、各国からオファーを受けるも、東京を出る選択はなかったという。
「日本には素晴らしい食材があるのに加え、良いお客様がいます。料理への理解が深く、敬意をもっている。レストランを、まるで一幕の舞台のように捉え、そこで夢のような時間を過ごすという文化が根付いています。良いレストランを作るのは、私たちだけではありません。お客様が楽しんでくださっている空気感そのものが不可欠だと考えています」
新しいレストランでこだわるのは、家のような感覚だ。彼のインスタグラムの個人アカウント名は「シェ・カルバート」。フランス語で「カルバート家」という意味だ。常日頃から、「家で大切な人に料理をするときに、機械任せのものなど出さないでしょう」と、心を込めて料理をすることをモットーとする。来日後に自身の家族ができ、そんな思いは一層強くなった。
「セザンは、ホテルのルールのなかで築いてきましたが、次は私のレストラン。シェフは料理だけではなく、空間も含めた食体験そのものをキュレーションすることができるはずです。もちろんドレスコードはありますが、くつろげて、食後には温かな気持ちになり、また明日訪れたいと思ってもらえるような場所にしたいのです」
5年を経て自分のスタイルに自信がついたからこそ、日本独自の食材もよりオリジナリティをもって使っていく予定だという。またディナー営業のみに集中し、クリエイションのための時間も確保しながら、持続可能な働き方を模索、発信していく。
「私の心に忠実な“家”のような場所で、ミシュラン三つ星を取ることが次の目標。それこそが本当の『私の三つ星』になるはずです」。

ダニエル・カルバート◎1987年、イギリス生まれ。NYの三つ星「パ・セ」、パリの三つ星「エピキュール」、香港「ベロン」などを経て、2021年に東京「セザン」開業時にシェフに就任。3年目に三つ星と「アジアのベストレストラン50」1位を獲得。26年3月に退任し、同年10月に自身の新レストランをオープン予定。


