開業から3年目の2024年10月にミシュラン三つ星を獲得。同年に「アジアのベストレストラン50」でNo.1に輝いた東京のフランス料理「セザン」。その成功を牽引したエグゼクティブシェフのダニエル・カルバートが3月末で退任した。
彼はなぜ高速で頂点を極めることができたのか。次はどこを目指すのか。新たなステージを前に、彼のセザンでのリーダーシップを振り返ってみたい。
「家族のような組織」の意義
フォーシーズンズホテル丸の内の7階、アンドレ・フーがデザインした「セザン」のメインダイニングは、エレガントでありながら温かな雰囲気に満ちている。国内外からのゲストがが、上質なワインと共に食事を楽しむさざめきの向こうには、ダイニングルームに面した窓があり、厨房の様子がうかがえる。
そこから伝わってくるのは、緻密な料理を生み出すジャズセッションのようなスピード感と集中力。働くキッチンとサービスの約35人が皆、38歳のカルバートより若いチームだった。
うちキッチンスタッフは20人ほどだが、5人のスーシェフ、10人の部門シェフを含み、肩書きのついているスタッフが多い。仕事を細分化し、自分の担当することを明確化することで習熟度を上げ、完成度を高めるという、カルバートの組織論に由来するものだ。そもそも「シェフ」とは、持ち場の責任者でもあることを意味する言葉でもある。
フランス料理は組織的で、ピラミッド型の構造で動く。その指揮をとるカルバートは規律を重んじるタイプだ。「マネージャーになったらマネジメントができるわけではなく、自分の仕事のマネジメントができるようになったら、マネージャーになれる」と明快で、失敗に関しては、「原因を究明し、再発しないための工夫をすればいい。ただ、同じ失敗を繰り返す愚かさはあってはいけない」という。こうした自律がもたらす上昇気流が、自然とレストラン全体のクオリティを上げていく。
ここを卒業したメンバーの活躍もめざましい。例えば昨年10月、銀座のグランメゾン「レカン」のエグゼクティブシェフに、セザンで3年間修行した杉田周人が着任した。
日本を代表する名店を任された杉田は元々、大阪の一つ星店でスーシェフ(二番手)を務めた実力派。しかしセザンでは、部門シェフの一人だった。「言い換えれば、シェフの肩書きを持つ15人全員が一軒の店を任せられるくらいの実力があります」とカルバート。セザンの層の厚さが感じられるエピソードだ。
セザンは旬がごく短い食材も使い、出来立ての瞬間の味や香りを大切にする「旬と瞬」の料理で知られる。「テーブルに届いた時に、一番良い状態であって欲しい」と、写真を撮るのに熱中しすぎたゲストのパンが冷めてしまい、すぐさま焼きたてに差し替えているのを、筆者も見たことがある。



