Web3は今、技術的な探求や単純なユースケースの面白さから社会的に実利のあるビジネスの実装フェーズへと進み始めている。果たしてそれは、我々の経済活動をどう変容させるのか。
本記事では、デロイト トーマツ グループ(以下、デロイト トーマツ)のプロフェッショナル陣に加え、知財やスタートアップの最前線に立つ外部専門家の知見を凝縮。AIエージェントとステーブルコインが起動する「自律型経済」の最前線から、DeSci(分散型科学)やRWA(リアルワールドアセット)がもたらすビジネス構造の変革、そしてリスクの適正な管理まで――単なるトレンド解説に留まらず、実体経済を動かすための「Web3戦略」を解き明かす。
ステーブルコインとAIが「自律型経済圏」をつくる
暗号資産やNFTといった「Web3」は一時の熱狂を終え、実体経済への「構造的組み込み」のフェーズへと移行している。Web3とは単なる技術的な好奇心の対象ではなく、資本主義のボトルネックを解消し、知財、資産、そして決済のあり方を根本から再定義しながらOSのアップデートをもたらすまでに至っている。
そんなWeb3の広範な領域において、現在最も社会実装が進み、実運用フェーズへと移行しているのが暗号資産の領域だ。その核として、デジタル取引の信頼性を担保し、既存の経済システムとの架け橋となるのが、ステーブルコイン(法定通貨や現物資産と価値が連動するブロックチェーンを活用した電子決済手段)である。
ステーブルコインは、価格変動の激しい従来の暗号資産の弱点を克服し、Web3空間における「決済の標準インフラ」としての役割を果たす。デジタルの価値を実体経済の通貨体系と結びつけ、24時間365日の即時決済を可能にするこの技術は、デジタル経済圏を円滑に循環させるための不可欠な土台となっている。
デロイト トーマツのパートナー・赤星弘樹は、世界の決済インフラが「AIエージェントによる決済」に向けて一斉に動き出している現状を明かす。
「Coinbaseの『Agentic Wallets』やMastercardの『Agent Pay』などは、ロボットやAIが人間に代わって自律的に判断し、決済まで完了させるインフラです。かつては想像の域を出なかったロボット同士の経済活動が、ステーブルコインというインフラのうえで現実のものになろうとしています」(赤星)
この動きを日本から加速させようとしているのが、Japan Financial Elan TechnologiesのCEO井上大悠(以下、井上)だ。「世界中の企業に円を持たせる」というミッションを掲げる井上は、AIエージェント決済がもたらす「ナノペイメント(超少額決済)」の可能性を説く。
「ステーブルコインの活用によって送金コストを究極まで下げることで、数円、あるいはそれ以下の金額での高頻度取引が可能になります。例えば、AIエージェント同士が仕事を受発注する『ClawTasks』のようなエコシステムでは、すでにブロックチェーンを活用したシームレスな決済が求められています。これまではビジネスとして成立しなかった微細な経済活動が、AIとステーブルコインの融合によって爆発的に増加するでしょう」(井上)
AIによる「自律的な意思決定」と、ステーブルコインによる「摩擦のない確実な価値移転」。このふたつが統合され、システムが自動で経済活動を完結させる仕組みが整ったとき、Web3ははじめて真の社会インフラへと進化する。
DeSciとRWAに見るイノベーションの「民主化」
Web3がもたらす最大の変革は、既存の中央集権的なビジネスモデルが強固に保持してきた複雑な組織のレイヤー、中間マージンや手続きをショートカットし、参加者の自律性を引き出す点にある。その象徴的な動きが「DeSci」だ。
「DeSciは、ブロックチェーンの力を借りて研究開発やビジネス創出のプロセスを推進する、中長期のイノベーション手法です」と、デロイト トーマツのマネージングディレクター・寺園知広は語る。従来のR&Dは、秘匿性の観点から資金調達や意思決定が閉鎖的になり、アイデアの幅が狭くなりがちである。しかし、DeSciはそれを“セミオープン型”へと移行させる。
「クラウドソーシングほど開かれすぎず、かといってクローズドでもない。特定の研究テーマにトークンを発行し、市場から直接資金を調達することで、プロジェクトの“筋”を早期に見極め、コミュニティ全体で目利き力を発揮できるのがDeSciの強みです」(寺園)
この分散型の思想は、研究開発だけでなく、「モノ」である現実世界の資産(RWA:Real World Assets)にも波及しているとデロイト トーマツのプロダクトビジネスマネジャー・江原悠は指摘する。
「不動産や知的財産、物理的な資産をトークン化することで、小口投資が可能になり、流動性が劇的に向上します。地方創生における空き家活用や、ウイスキーのような嗜好品の共同保有など、これまで特定の投資家しかアクセスできなかった領域がグローバルに開放されるのです。ある調査では、RWAは2030年までに16兆ドル規模の市場になると報告しています」(江原)
しかし、分散型モデルには“責任の所在”という影が付きまとう。知財のスペシャリストである「ゆめ知財事務所」代表弁理士の江川祐一郎は、不透明な権利関係が交錯するプロジェクトにおいて、社会実装の確実性を高めるための羅針盤が必要だと説く。
「複数のステークホルダーが集まるDeSciでは、誰に所有権があり、誰にメリットを分配するかという利害調整が不可欠です。そこで有用なのが『パテントプール』の考え方。スマートコントラクトやAIを活用して透明性の高い調整を行い、同時に『IPランドスケープ』を駆使して自社の立ち位置を客観的に把握する。こうした客観的データに基づいた戦略こそが、社会実装を成功させる鍵となります」(江川)
同時に、大衆化への最大の障壁である使いにくさの解消も進んでいる。「アカウント抽象化(AA)」と呼ばれる技術が、Web3特有の複雑な操作をユーザーの目に触れない裏側に隠し、AmazonのようなシームレスなUX(ユーザー体験)を実現しようとしているのだ。Web3は、テクノロジーが主役として前面に出るのではなく、空気のように社会へ溶け込み、ユーザーがその存在を意識することなく恩恵を享受できる社会の姿を目指している。
参入障壁を「管理可能なリスク」に変える
Web3が描くビジョンが壮大であればあるほど、企業はリスクという足枷に慎重になる。しかし最大のリスクは、リスクそのものではなく、その正体を正しく把握できていないことにある。
デロイト トーマツのディレクター・齊藤洸(以下、齊藤)は、長年この分野でリスク管理態勢づくりの支援に携わってきた経験から、過度に高くリスクが見積もられる傾向があると言う。
「実務において注意すべきは、リスクを“過大に評価してしまう”リスクです。ネガティブなニュースも多い産業であるため、技術や規制等に対する基本的な理解が備わっていない場合、『全部危ない』と常に最大限に評価してしまうことがおきます。それにより過剰な対応策必要論が生じ、プロジェクトが頓挫することも。重要なのは、暗号資産、NFT、ステーブルコインといったプロダクトや提供予定のサービスなどを軸に規制の洗い出しや業務プロセスの整理を冷静に行い、合理的なリスク水準を導きだすことです」(齊藤)
有限責任監査法人トーマツのマネージングディレクター・吉川昌宏も、自社だけでなく外部パートナーも含めたシステム全体のつながりからリスクの死角をなくす視点の重要性を強調する。
「Web3サービスは自社だけで完結せず、外部のパートナーやサードパーティのプロダクト・サービスを組み合わせて構築されます。自社が堅牢でも、どこか一箇所でも脆弱性があれば、それがインシデントにつながり、ビジネスモデルが崩れる可能性がある。相互接続されたシステム全体のどこに『攻撃の隙(アタックサーフェス)』があるのか、そのリスクを網羅的に把握し、コントロールするには、制度論だけでなく、高度な専門知識が必要となります」(吉川)
Web3領域においてデロイト トーマツは、単なるアドバイザリーの枠を超え、業界のルール策定にも貢献してきた。暗号資産の監査・会計基準づくりを支援したメンバーが、企業のWeb3参入を支援するサービスチームの中心として活躍している。
齊藤は、Web3プロジェクトを推進する際には、「基本ルール」を中心に「業務」「システム」「人材」「組織」といった5つの要素で論点整理するアプローチが有益だと説明する。特に、「人材」面では各部署で知識ベースを底上げすると同時に、専門技術をビジネスの文脈に翻訳できる人材が重要だという。そのうえで、デロイト トーマツには監査メンバーにとどまらず、リスク管理やセキュリティの専門家から自社でのブロックチェーン開発を行うエンジニアまでを有していると、胸を張る。
統合されたプロフェッショナリズムが、未来を確定させる
金融、技術、知財、そしてリスク管理。Web3という広大な海を渡るために必要なピースは、あまりに多く、そして複雑だ。この海図なき航海において、企業に求められるのは、複雑な論点を統合しながら進むための羅針盤だ。技術の最深部を理解し、法規制の最前線を切り開き、構想を実装へとつなげる。そんなデロイト トーマツの一気通貫したプロフェッショナリズムこそが、不確実な未来を確かな勝算へと変えてくれるはずだ。
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