E'Ian West、Montage Media Production Companyオーナー兼CEO
いまのビジネス環境において、戦略だけが差別化要因になることは稀だと私は感じている。ほとんどのチームには計画がある。そこが問題なのではない。実際にスケールできるかどうかを左右するのは、実行力と足並みのそろい方、そしてそのビジョンが日々どれだけ明確に伝えられているかである。簡単そうに聞こえるが、実際はそうではないことがほとんどだ。
その気づきは理論から得たものではない。ディレクター兼プロデューサーとして働くなかで、強いコンセプトがあり、十分な資金があり、才能ある人材がそろっていても、プロジェクトが崩壊するのを見てきた。しかも、ゆっくりではなく、あっという間にだ。そうした場面で問題になるのは、アイデアそのものではないことがほとんどである。足並みがそろっていないのだ。ビジョンが一貫して反復・強化されず、優先事項が次第にずれていく。小さな隙間が大きな隙間へと広がり、やがて実行が破綻する。
その経験が、私のリーダーシップ観を形づくった。私が接してきた最も効果的なリーダーは、単にビジョナリーとして、あるいはオペレーターとして動くのではない。彼らはプロデューサーのように機能する。制作の現場では、コンセプトを完成まで運ぶ責任を負う。引き継ぎはなく、言い訳も通用しない。つまり、必ずしも自然にはかみ合わない人々を整列させ、限られた資源を管理し、プレッシャーのなかで意思決定し、最終的な成果物の完全性を日々守るということだ。完璧な条件が整うのを待つ選択肢はない。リアルタイムで調整し、前へ進め続ける。
私はこの枠組みをそのままビジネスに持ち込み、伸び悩む企業に共通して見られる最大の欠落の1つが「物語の明確さの不足」だと感じている。エンターテインメントでは、ストーリーがすべてを動かす。ストーリーが曖昧なら、プロジェクトは苦しくなる。ビジネスも同じである。リーダーシップが、自分たちが何者で、何を信条とし、どこへ向かうのかを正確に示せないと、その混乱はあらゆるところに表れる。チームは足並みを崩し、実行は鈍り、意思決定に必要以上の時間がかかることも多い。対外的にも、市場が共感しにくくなる。逆に、物語が明確で、それが一貫して反復・強化されていると、あらゆる動きが変わる。人々は自分の役割を理解し、意思決定は速くなり、足並みは自然にそろう。
資源管理も、私が見てきた直接的な共通点の1つだ。撮影現場では、常に制約のなかで動いている。時間も予算も決して十分ではなく、タレントの稼働状況も絶えず変わる。持っているものを活かしながら、成果を損なわずに成立させるのが仕事である。ビジネスも同様だ。資本配分であれ採用であれ優先順位づけであれ、理想条件を待つことが選択肢にならない場面は多い。置かれた現実のなかで前進しなければならない。
適応力も同じくらい重要だ。制作は、計画どおりに進むことなどない。ロケ地が使えなくなり、スケジュールがずれ、想定外の問題が浮上する。強いプロデューサーはそれを織り込み、方向性を失わずに混乱を吸収できる仕組みを組み立てる。実務では、コアとなる納品物と締め切りを固定しつつ、実行ルートは柔軟に保つ、といった形になるかもしれない。私は撮影の数時間前に主要ロケ地が使えなくなった状況を経験したが、制作を遅らせるのではなく、代替ロケ地へ切り替え、シーンの立ち位置を組み替え、カバー方法を調整しつつ、ストーリーの結末は変えずに乗り切った。ビジネスに置き換えれば、目標を守りながら手段は変える覚悟を持つこと、資源を再配分すること、許容範囲でタイムラインを調整すること、そして勢いを保つために速く、かつ情報に基づいた意思決定を行うことに当たる。
協働も、ビジネスリーダーが制作から学べる領域の1つである。制作ではサイロは機能しない。あらゆる部門が結果に影響し、どこか1つでも同期していなければ、それはすぐに表面化する。ビジネスでも同じ問題が別の形で現れる。チームが孤立して動くと、優先事項がつながらず、足並みは「そろっているはずだ」と前提化され、強化されないことが多い。プロデューサーの思考法とは、すべての動く部分に近い位置にいて、すべてが同じ成果に向かって機能していることを確かめることを意味する。
ある段階から、リーダーシップは「最良のアイデアを持つこと」ではなく、「そのアイデアが現実の世界で実際に機能するようにすること」へと比重が移る。私の見立てでは、その隔たりを埋めるのがプロデューサーの思考法である。明確さ、説明責任、適応力を同時に求め、最終的にビジョンを実行へと変えていく。



