親と暮らせない子ども4万人以上のうち、約75%が施設で暮らす※。家庭で子どもを養育する里親を増やすために、社会と企業は何ができるのか。ひとりの里親の歩みが、その答えを示している。
「日本の養育里親の登録者は約1万8,000世帯。しかしアクティブな里親は約5,000世帯で里親の養護の下にある子どもは6,000人ほど。養育が必要な子ども4万人以上に追いついていません※」
自身も里親として子どもを養育してきた日本こども支援協会代表理事の岩朝しのぶ(以下、岩朝)はこう語る。
里親不足の大きな原因は、里親制度の認知度の低さだ。里親は親と暮らせない子どもを家庭に迎え入れて養育する。特別養子縁組と混同されることが多いが、実は子どもとの戸籍上の親子関係をもたずに里親となる「養育里親」が圧倒的に多い。養育期間は数週間から数十年まで状況によって異なり、その期間は養育手当が支給される。現役里親の年齢層は50~60代が中心だという。
「子どものいない夫婦が里親になると思われがちですが、子どもが巣立った世代の夫婦が里親になるというケースも多いですね」
同協会では、里親啓発活動、里親支援事業、実の両親の虐待予防活動を行っている。こうした活動の背景にあるのは、岩朝自身が里親として感じた課題を解消したいという想いだ。
子どもとの信頼関係を築くのは長期戦
岩朝は自身の不妊をきっかけに「子どもと暮らしたい」と考えて里親に登録。2011年に5歳の女の子を迎えた。暮らし始めて実感したのは、子どもとの信頼関係が一朝一夕では築けないことだ。
「衝撃だったのは『お水を飲んでもいいですか?』と、行動の一つひとつに許可を取ろうとしたこと。のびのびと家のなかで遊ぶ年ごろなのに、微動だにしないことにも驚きました。動き回って怒られたり、手をあげられたことがある子どもたちは、自分から自由に行動できなくなってしまいます」
子どもたちが親と暮らせない理由には経済的困窮や病気などさまざまな事情がある。虐待など身近な親に危害を加えられて親と離れざるをえなくなった子どもは「愛着障害」がみられることもあるという。愛着障害とは、虐待やネグレクトによって幼少期に適切な愛着関係を築けなかった状態のことだ。
「『人は自分を傷つける』という前提で生きてきた子どもは、愛情を注がれても素直に受け取れません。わざと問題行動を起こして、自分を見捨てないかを確かめる『試し行動』をしたりもします。里親が時間をかけて点滴のように少しずつ愛情を注いでいくことで、子どもたちは少しずつ信頼や自尊心、意欲を取り戻します」
里親になりたい人が踏み出せない理由
里親が不足しているほかの理由として、里親になるのを断念する人たちがいることが挙げられる。経済的な理由もあるが、「職場の理解が得られずに断念するケースも多い」と岩朝は語る。
「現在はフルタイムで共働きをする夫婦も多い。里親と子どもが信頼関係を築くのには時間がかかるため、仕事を続けながら里親になる選択をしにくいのが現状です。里親になりたい人たちを、社会や企業が支援していく環境を整える必要があると考えています」
岩朝が企業に提言するのは、里親登録をするプロセスで必要な研修などを受けるための休暇取得や、子どもを迎え入れるときに実子と同様に育児休業制度を適用することだ。
「里親になるための研修は平日の昼間に4日間で行われ、夫婦が揃って出席する必要があります。また、里親と子どもの生活が日常になっていくまでには、少なくとも半年~1年はかかります。里親が育児休業制度を取得できれば、里親になるハードルを下げることができます」
実際に、里親を支援する取り組みを始めた企業がある。大手パソコン周辺機器メーカーであるエレコムは企業の福利厚生として「里親支援制度」を導入すると2026年3月に発表した。里親に認定された際の一時金や里親手当を支給し、実子と同様に育児休業・短時間勤務などを適用する。しかし、こうした支援を行う企業はまだまだ少ない。
「企業が行うセカンドキャリア研修で、里親制度について紹介してもらえたら」と岩朝は話す。
「50~60代の里親は『これからの人生で社会の役に立ちたい』という動機をもっている方が多いです。企業のセカンドキャリア研修などで里親制度を紹介してもらえれば、興味をもってくださる方もいるでしょう。里親になることは簡単な選択ではなく、誰もが里親になることは難しい。だからこそ、里親になる人を支援する企業が増えてほしい。それが社会課題の解決につながります」
全国1,200人の里親をつなぐ民間組織
すでに子どもを養育している里親も多くの悩みを抱えている。養育する子どもに愛情が届くまでには途方もない時間がかかることもある。しかし、日常の悩みを相談できる人が少ないのが現状だ。
「例えばスコットランドでは里親になる前に半年ほどの研修があり、心構えや子どものケアについて手厚く学びます。一方、日本の研修は4日間のみ。子どもを迎え入れてから、『こんなに大変だとは思わなかった』と思う里親も多く、里親としての活動をやめてしまう人も少なくありません」
岩朝自身も里親として壁にぶつかったことがあるが、そのときに助けられたのは先輩里親の存在だった。そこで、岩朝は全国の里親が連携できるオンライン里親会「ONE LOVE」を立ち上げた。現在は約1,200人の現役里親が登録している。
「里親同士が日々の悩みや喜びを共有できるコミュニティを目指しています。里親になる勇気を私たちが支えていきたい」
ONE LOVEはオンラインで毎週サロンが開催され、さまざまな悩み相談や情報交換の場となり、里親の心のよりどころのような存在になっている。「何かあれば相談できるので安心できる」という里親の声が多い。弁護士と心理士による個別相談会も毎月実施している。また、最新情報の一斉配信や、天候や場所に左右されずに受講できるオンラインでのセミナー開催も行っている。
「里親の連携、情報共有によって制度の地域格差が明らかになり、里親同士で制度改善が実現した例もあります。例えば、里親同士の会話のなかで、子どもの眼鏡代が支給される自治体、そうでない自治体があることがわかりました。そこで支給されていない自治体の里親が他自治体の例をもとに交渉したところ、制度改善につながりました」
児童相談所や里親支援専門相談員といった公的なバックアップ体制も活用しつつ、縦割りになりがちな行政の仕組みに対して、フラットに横でつながることができる民間組織が実現できることは多い。こうした取り組みに賛同し、日本こども支援協会に協賛する企業も増えている。
「里親にならなくても、里親を支えることは誰にでもできる。その一歩が、子どもたちの未来を変えていきます」
※こども家庭庁支援局家庭福祉課「社会的養育の推進に向けて」令和8年3月 の最新版より参照
日本こども支援協会
https://npojcsa.com/
いわさ・しのぶ◎1973年生まれ、宮城県出身。認定NPO法人日本こども支援協会 代表理事。全国ドコデモこども食堂 共同代表。養育里親となり、現在も里親として子どもを養育している。自身が里親として感じた課題から、2010年、日本こども支援協会を創設。



