政府であれ企業であれ、効果的な意思決定を保証する唯一の指導力の資質や方法は存在しないが、ほぼ確実に失敗を招く特徴が1つある。それは、指導者が客観的な分析を考慮しようとしないこと、とりわけその分析が自身の望む結果と相反する場合だ。実際、最も複雑な国家安全保障の問題から、企業の幹部が直面する重要な課題に至るまで、相反する結論を検討しようとしない指導者は、歴史的に悲惨な結果を招いてきた。
本稿では、深く検討する価値があると思われる最近の事例を取り上げよう。
ウクライナ侵攻に踏み切ったプーチン大統領
まず、2022年2月下旬にロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナ侵攻に踏み切った経緯を考えてみよう。ロシア軍の攻撃前夜に行われた安全保障会議で、ウクライナ東部のルハンシク州とドネツィク州の独立承認を急がず、紛争終結を目指すミンスク合意を西側が完全に履行するための猶予を与えるべきだと提案したロシア対外情報庁(SVR)のセルゲイ・ナルイシキン長官を、プーチン大統領が公然と非難したことはよく知られている。ナルイシキン長官が用意した文書をたどたどしく読み上げると、プーチン大統領は同長官を激しく叱責(しっせき)し、自身の政策方針に同意するまで、同長官が着席することを許さなかった。その直後、ロシア軍はウクライナ東部へ侵攻した。
ロシア情勢を注視する多くの識者は、ロシアの侵攻によってウクライナがロシアの勢力圏に戻るという確固たる情報がないことをナルイシキン長官が認識していた可能性が高いと推測している。しかし、プーチン大統領の決断は固まっており、同大統領が求めていたのは現状の客観的な分析や、侵攻がもたらす負の側面に対する慎重かつ現実的な評価ではなく、ただ従順な姿勢だけであることが明白だった。
自国軍が攻撃を開始すると、ナルイシキン長官は、ウクライナ侵攻はロシアが自らの地位を守るために必要だと公言することで、プーチン大統領の信頼を取り戻すべく奔走した。大統領の同長官への信頼は今日に至るまで続いている。プーチン大統領の側近らは客観的な現実を完全に無視し、西側諸国によるロシアの精神的価値観への攻撃に対抗し、ウクライナの「ナチス」運動に立ち向かうために、ロシアは同国に侵攻せざるを得なかったと宣言することで、事態を悪化させた。
興味深いことに、ロシアが侵攻を開始する数カ月前の世論調査では、ロシア国民の83%がウクライナに対して好意的な見方を示していた。もし国民がウクライナを宿敵と見なしていたら、このような結果は到底予想できなかっただろう。
いずれにせよ、2021年末の時点で、プーチン大統領が既に自らの考えに固執しており、客観的な真実を語ることは事実上不可能な環境を作り出していたことは明白だった。悲しいことに、その傾向は現在まで続いており、プーチン大統領は戦時下で肯定的な評価しか受けていないのではないかと筆者は疑っている。
では、同大統領の侵攻という決断はどのような結果をもたらしたのだろうか? 現在では、4年以上に及ぶウクライナ侵攻が、プーチン大統領の最大の失策だったことは広く認められている。この戦争は130万人以上の死傷者と32万5000人を超える戦死者に加え、経済の壊滅的な打撃をロシアにもたらした。ウクライナのミサイルや無人機(ドローン)による脅威は月を追うごとに増大し、今や首都モスクワをも脅かしている。



