マーケティング

2026.05.16 00:56

コミュニティは「つくる」ものではない──成長を生むブランドが理解していること

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強いコミュニティは、ブランドにとって最も強力な成長レバーの1つだ。メンバーはただ買うだけではない。支持し、仲間を連れてきて、離れない。本物のブランドコミュニティが生む忠誠心は、マーケティング予算ではつくり出せない。

それでも、ブランドがどれほど投資しても、多くのコミュニティは創り手が望んだ姿にはならない。

ここで言うブランドコミュニティには、明確な定義がある。消費者がブランドとの共通のつながりを介して互いに結びつき、その結びつきが深まって、会話の中心にブランドがいなくてもコミュニティが繁栄する状態だ。火を付けたのはブランドである。だが、コミュニティはもはやブランドがなくても成立する。そこまでいって初めて、本物が形成されたと言える。

これを驚くべき規模で実現してきたブランドは、いくつか存在する。

Harley-Davidsonは最も分かりやすい例の1つだ。所有から始まったものが、やがてアイデンティティになった。ライダーはオートバイを買っただけではない。部族に加わったのだ。Harley Owners Groupは、すでに自然発生していた動きに枠組みを与えた。人々が集まり、共に走り、徽章を身につけ、ブランドを自分自身の一部にしていく──それはもともと起きていた。

LEGOは別の道を歩んだ。会社が正式にコミュニティに力を入れるよりはるか以前から、最も熱心なファンはオンラインで精巧な作品を作り、共有し、記録していた。LEGO Ideasは、その熱量の居場所となり、ファンがデザインを投稿し、コンセプトに投票し、勝ち残ったアイデアが実際の商品になることを可能にした。コミュニティは、LEGOがプログラムを立ち上げたから生まれたのではない。コミュニティがすでに存在していたから、そのプログラムが機能したのだ。

Figmaは、同じ力学の現代版と言える。Figmaに正式なコミュニティの仕組みが整う前から、製品を愛するデザイナーたちはワークフローを共有し、プラグインを作り、チームに薦めていた。Figma Communityはその行動を成長のフライホイールへと変え、個々のデザイナーから組織全体へと導入が広がるのを後押しした。

そしてJeepだ。Jeep ducking──Jeepのオーナーが互いの車に小さなラバーダックを置いていく儀式──は、社会的アイデンティティとしてのブランドコミュニティを示す完璧な例である。Jeepが発明したのではない。オーナーが生み出した。儀式が自然に広がったのは、シンプルで力強い合図になるからだ。「あなたは私たちの仲間だ」と。

では、これらのブランドに共通するものは何か。ZumbaのCMOであるCarolina Moraesによれば、答えは「コミュニティはブランドがゼロから作るものだ」という発想を手放すことから始まる。

「コミュニティは"作られる"ものだとは思いません」とMoraesは私に語った。「運が良ければ起こるものだと思います。同じ志向を持ち、情熱があり、同じ考えや近い価値観、似た興味を共有する人たちが一緒になったときに」

Zumbaのアプローチは、コミュニティと成長が実際にどう連動するかを示している。「教会のようなものです」とMoraesは言う。「目的を求めて教会に入るけれど、コミュニティがあるから通い続ける」。約束が人を入口まで連れてくる。戻って来たくなるのはコミュニティである。

そしてZumbaの場合、その証拠はリテンションにある。「フィットネスクラスをやめるより、コミュニティを離れる方がずっと難しいのです」とMoraesは言う。

Zumbaがやったこと──そしてHarley、LEGO、Figma、Jeepがそれぞれの形でやったこと──は、コミュニティを"製造"することではない。コミュニティが生まれ、強まり、ブランド側の働きかけを超えて持続するための条件を整えることだった。

この違いを、多くのブランドは見落としている。

私は、善意のチームがコミュニティを生き生きとさせようと、驚くほど懸命に取り組む姿を見てきた。Slackチャンネルを立ち上げ、イベントを企画し、会話を促し、つながりを深めるためのプログラムを作る。だが、その土台となる体験が「ここに自分の居場所がある」と感じさせるものでなければ、勢いが長続きすることはほとんどない。

それが見分けるポイントだ。あなたが現れたときにしかコミュニティが動かないなら、それはまだ本当のコミュニティではない。オーディエンスにすぎない。

Zumbaが理解していたこと──そしてリテンションが証明すること──は、人々を無理やりつなげることが仕事なのではない、という点だ。つながりが自然に生まれるのを妨げている障壁を取り除くことが仕事である。最大の障壁は、消費者が言語化する前から感じていることが多い。つまり「この場は、私のような人のために設計されているだろうか」という問いだ。

Zumbaのインストラクター陣は意図的に多様である。表面的なキャスティング判断ではなく、その多様性が何を示すかを重視しているのだ。クラスに入った人が、自分のアイデンティティの一部を映し返すインストラクターを見れば、帰属意識の問いはより早く解消される。気後れが薄れ、身構えがほどける。そして体験そのものの中で「見られている」と感じられたとき、人々は互いとのつながり方が変わっていく。

そのときコミュニティは、クラスの外へ広がっていく。グループチャット、ハッピーアワー、陶芸の夜──そして、ブランドが無理に作らなくても生まれる関係へと。

Zumbaが設計したのは、コミュニティではない。コミュニティが生まれる条件である。

ブランドリーダーにとっての教訓は明快だ。多くのコミュニティ構築は表層に意識が向きすぎ、下支えする体験に十分向き合えていない。イベントは重要だ。プログラムも重要だ。しかし、それらが機能するのは、ブランドがすでに「ここに属することが自然だ」と感じさせている場合に限られる。

その土台が整えば、コミュニティを押し出す必要はない。人々が「ここに属する価値がある」と感じるものを見つけたからこそ、コミュニティは形になる。そしてそうなったとき、その後に続く成長は、ブランドだけが牽引するものではない。「自分たちのために作られた」と感じる人々が牽引する成長である。

forbes.com 原文

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