世界各国でビジネスを展開する食品飲料メーカー・ネスレの日本法人であるネスレ日本は、2025年10月から3ヶ月にわたりマーケティングコミュニケーション戦略の策定プロセスへAIエージェントを実装するPoC(概念実証)を実施した。
PoCのパートナーとしてAIエージェントの導入を主導したのは、国内トップクラスのAI関連ケイパビリティと統合コミュニケーション知見を強みにもつdentsu Japan(国内電通グループ)。
AIは、マーケターの思考と業務にどのような変化をもたらすのか。AIと人間が共創する次世代のブランド戦略の姿を、ネスレ日本の都間友紀子と、dentsu Japanの栗林祐輔に聞いた。
――今回のPoCのきっかけですが、どのような課題があり、マーケティング業務におけるAI活用を検討し始めたのですか?
都間:ネスレ日本には「Brand Building the Nestlé Way」という、ブランドを成長させるためのマーケティングのフレームワークがあります。基本的にはそれに沿ってブランドづくりを進めていくのですが、最初の段階で様々な調査データや情報をまとめたり、それをもとに仮説を立てたりするプランニングのところに、これまでかなり時間と労力がかかっていました。
本来マーケターは複数の仮説を検証するプロセスにこそリソースを割くべきですが、いわば事前準備の負担が重く、本質的な部分に十分なリソースを割けていないという課題認識がありました。
また、ブランドビルディングは、消費者の変化とともに定期的な見直しを図ることが必要ですが、その実施頻度も限られていました。そこで、これらの課題に対して、AIを活用することでメンバーの時間と労力の負荷を軽減し、より本質的な部分に集中できるようにしたいと考えたのが、今回の取り組みの始まりです。
15万人規模の生活者データを学習したAIペルソナでマーケティングの解像度が上がる
――様々なAIベンダーを検討する中で、なぜdentsu Japanに依頼したのですか?
都間:ブランドビルディングは、最終的に「どのようにお客様へ届けていくか」というコミュニケーション開発につながります。そこで、マーケティング業務に対する深い知見とともに、生活者の体験ジャーニーに沿ったコミュニケーションプランニングおよび統合的なエグゼキューションまで見据えた、実効性のあるAIの活用方法を設計していただけるdentsu Japanと組むことが最適と判断しました。
栗林:当社グループには、生活者データや、マーケティング業務ナレッジといった独自のAIアセットがあり、これらを活用することで、業種を問わず、クライアント様ごとに最適化されたカスタマイズ型のAIエージェントを構築することができます。また、やみくもにAIを導入するのではなく、クライアント様が業務の中で本当に大切にしているポイントをしっかり理解したうえで、AIを業務プロセスの中核に組み込んでいくことを重視しています。その結果として、業務効率化だけでなく、価値の向上や事業成長にもつなげていける点が、当社の強みだと考えています。
――PoCでは、スティックタイプコーヒーシリーズ「ふわラテ」を対象に、AIワークショップを実施されたと伺いました。その狙いをお聞かせください。
都間:当社では従来、マーケティング業務の重要なプロセスとして、マーケティング部門だけでなく、さまざまなステークホルダーが持ちうる多様な情報をシェアし、丸一日かけてペルソナを掘り下げて議論し、戦略の方針策定をしていました。この一連の合意形成プロセスにAIを活用したのが今回のPoCです。議論を通して「ふわラテ」のターゲット層であるペルソナの解像度を上げていき、先々のコミュニケーション施策に活かすのが目的でした。
栗林:このプロセスの中での活用に機会を見出し、当社が保有する大規模な生活者データも活用した、ネスレ日本のマーケティング業務にカスタマイズしたAIエージェントを構築しました。キックオフセッションの初日で、現在のブランディングプロセスをエージェント開発の視点で紐解き、また今回のPoCの対象となるふわラテの価値や物語、顧客の感情などを共有いただきました。そして翌日、紐解いたプロセスに沿ったAIエージェントを体感いただける初期モデルを構築し、実際に使用いただきました。
都間:まずそのスピード感と、AIペルソナと行うフォーカスグループインタビューの緻密さに驚きました。通常この定性調査手法には、対象者のリクルートに始まり、準備段階にかなり時間がかかりますが、仮想空間で瞬時にシミュレーションできたからです。AIペルソナの表現が、人間のようにリアルなのも新鮮な体験でしたね。
AIの活用で人間ならではの「未来への視点」を研ぎ澄ます
――その後、キックオフから細かなチューニングを施した上で、ステークホルダーが集まる企画会議で本格的に専用AIエージェントを使用されたわけですね。既存のマーケティング業務にどのような変化がありましたか?
都間:当社が過去に実施した調査や、dentsu Japanの大規模生活者調査をはじめ関連情報を事前にラーニングさせたことで、膨大なデータを包括的かつスピーディーに扱えるようになり、マーケターの負担が劇的に改善されました。以前は、担当部署間の情報共有にも時間と労力を割いていましたが、それらの工数も大幅に削減できました。
加えて、以前は議論の叩き台となる素案は1、2案程度でしたが、様々な考え方や方向性を持った複数の案を用意できることも助かりました。視点を多く持てることで、より深く厚みのある議論が可能になったのです。
栗林:議論の過程でも情報をリアルタイムにインプットし、これまでの議論の流れや論点を全て踏まえた内容を瞬時に出せますから、議論が活性化しますよね。
都間:内容の根拠など、少しでも不安に感じたことはすぐにAIとの対話を通じてファクトベースで検証できます。そもそも、担当者が事前にAIと壁打ちしたうえで作った素案ですから、参加するメンバーの納得感が高く、質を担保できたことは大きな成果です。
栗林:膨大な情報を整理して判断材料を提示するのは、AIが行う方が圧倒的に早いため、それらの業務はAIに任せたほうが効率的です。一方で、人がやるべきことは、AIのアウトプットをどう解釈し、意味づけ、決断していくかという部分ではないでしょうか。
都間:データばかりに偏り過ぎると、過去をベースに思考を展開しがちですが、「私たちはどうしたいのか」という未来に向けた視点は、人間にしかできない「意思決定」の領域です。AIに人の仕事をすべて代替させるのではなく、AIを使ってどれだけ人の能力を引き出し、拡張させられるかが、今回のプロジェクトを通して気付いたポイントのひとつでした。結果、専用AIエージェントによってプロセスの「高速化」が実現し、AIから提案も得ながら、人が議論に集中することで意思決定の質を上げていく「高度化」の両方の効果を確認できました。
――今後、他のどのような業務プロセスにAIを導入できる可能性を感じていますか?
都間:分析、インサイト抽出、仮説の生成のさらなる高度化とともに、マーケティング施策のプロトタイプを作るフェーズや、他ブランドへの水平展開などに活用できると見ています。dentsu Japanが得意とするプランニングからエグゼキューションまで噛み合ってはじめて業務全体を変革できますから、今後に期待が膨らんでいます。
栗林:直近では画像生成機能や、MCP連携などシステム面での機能強化も予定しており、より精度の高いマーケティングと、ブランドビルディングの高度化に貢献できるはずです。また、AIを起点にした業務プロセス改革(BPR)なども実施しております。今後も幅広い業務においてAIトランスフォーメーションを支援していきます。
AI For Growth Products & Services
つま・ゆきこ◎ネスレ日本株式会社 飲料事業本部 ホワイトカップビジネス部 部長。ネスレ日本株式会社 飲料事業本部 スターバックスCPGビジネス部長を経て、2025年7月より現職。
くりばやし・ゆうすけ◎株式会社電通 第一ビジネストランスフォーメーション局 ビジネスアーキテクト。電通グループ初のデジタルプロダクト専門企業の立ち上げ期を経験後、2024年7月より現職



