だからこそ、リーダーシップのポテンシャルは魅力的でありながら難しい問題となる。高い業績を上げている従業員は一個人として優れた成果を挙げているかもしれないが、それはマネジャーとして成功することを保証するものではない。同様に、有能なマネジャーでもビジョンや影響力、戦略的判断を求められるリーダーの役割では苦戦することがある。いずれの場合もその判断は入手可能なデータを超えて先を見通すことに依存している。
要するに、ポテンシャルとはある人が何か新しく価値あることを実行する可能性を見極めることだ。
ポテンシャルの芽
ポテンシャルが確率的な判断であるなら、タイミングが極めて重要になる。評価が早ければ早いほど、不確実性は高まる。経験豊富な経営幹部が最高経営責任者(CEO)として成功するかどうかを予測することは、その人が20代の時にCEOとして成功するかどうかを予測するよりも容易だ。
これはその人が後から根本的に変わるからではない。知性や好奇心、回復力、対人スキルといったポテンシャルの基盤となる特性は終始比較的安定している。行動遺伝学の研究では、これらの特性のばらつきのかなりの部分(40〜60%程度)は遺伝によるものであることが示唆されている。つまり「中核的なポテンシャル」と呼べる要素は、たとえまだ完全に表れていなくても出生前という早い段階からすでに存在している。
ただ、こうした特性がどのように表れるかは状況や機会、そして発達によって異なる。だからこそ、予測の精度は時間とともに高まっていく。それは、根底にある特性が突然現れるからではなく、データポイントが増え、より深いシグナルが得られるようになるからだ。
分野によってはポテンシャルを早期に見極めることは可能で、一般的でもある。音楽の世界では、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは5歳で作曲していた。パブロ・ピカソは幼少期から並外れた芸術的才能を示していた。科学の分野では、マリー・キュリーの知的才能は画期的な発見をするずっと前から明らかだった。スポーツでは、エリート養成機関が若者の才能を見出して育成している。初期の兆候が将来のパフォーマンスにつながることを認識しているためだ。
その得失は単純だ。早い段階での賭けはコストは安いがリスクが高く、遅い段階での賭けは正確性は増すがコストも高くなる。10代の選手と契約するサッカークラブは不確実性を抱えることになるが、その一方で実績のあるスター選手を獲得するのに比べてごくわずかなコストで済む。この論理は組織においても同様だ。
ポテンシャルの特定だけでは不十分
組織が犯しがちな最も根深い過ちの1つは、ポテンシャルを育成すべきものとしてではなく発見すべきものととらえることだ。高いポテンシャルを持つ人の発掘は出発点に過ぎない。適切な環境が整っていなければ、どれほど有望な人でも能力を発揮できない。
スポーツの世界ではこの点はよく理解されている。FCバルセロナのラ・マシアのようなエリート育成機関は、単に才能ある人を見つけるだけでなく、コーチングやメンタリング、段階的に難易度が上がる挑戦を通じて体系的に育成する。これはビジネスにも当てはまる。人材管理に優れた組織はポテンシャルが発揮される環境を整え、「人材を生み出す工場」として機能する。


