米国のAIスタートアップ業界では、週6日や週7日の勤務、深夜に及ぶ労働が珍しくない。背景には、一定の給与水準と職務要件を満たすホワイトカラー従業員を残業規制の対象から外す仕組みが米国の労働法にある。プログラミングなど高度な裁量業務を担う専門職がこれに当たり、雇用主はその層を残業代なしで長時間働かせても、残業賃金規制に抵触しない。長時間働くことを成長への本気度の表れとみなす経営者もおり、週休2日が定着した日本とは、労働をめぐる前提が異なる。
そうした働き方を実践する企業の1つが、AI保険の新興企業Corgiだ。社名は、社員が共同で飼うコーギー犬にちなむ。本社の会議室にはマットレスが置かれ、社員は週7日オフィスで働く。階下では、同社が運営する終夜営業のカフェが、深夜まで働く若い起業家を集めている。
2024年の創業から2年。Corgiは、保険の見積もりや保険金請求の管理をAIで効率化する事業を手がける。共同創業者は、CEOを務めるニコ・ラクア(26)と、エミリー・ユアンの2人だ。直近の資金調達ラウンドで1億6000万ドル(約254億円。1ドル=159円換算)を集め、評価額は13億ドル(約2067億円)に達した。評価額が10億ドル(約1590億円)を超える未上場企業は「ユニコーン」と呼ばれ、Corgiもその仲間入りを果たした。
Corgi本社の会議室にはマットレスが置かれ、社員は週7日働く
サンフランシスコ中心部にあるAI保険新興企業Corgiの本社では、会議室の多くで、部屋の隅にマットレスが置かれている。同社の社員は週7日オフィスで働くため、ときにはそのまま寝られる場所が必要になるからだ。CEOのニコ・ラクアの場合、その暮らしは極端で、ほぼ毎日「Founders’ Room(創業者の部屋)」と呼ばれる部屋で眠り、近所のEquinoxジムでシャワーを浴びている。「一応アパートに部屋はあるが、ほとんど帰っていない」と彼は明かす。
Corgi本社は、テック系新興企業のオフィスと、生活感のある男子学生寮(フラタニティハウス。男子学生のたまり場も兼ねた場所)の中間のような空間だ。ゴミ袋があちこちに置かれ、使い込まれた家具が並び、ときにはバナナの皮が転がっている。空気はよどみ、72時間続いたハッカソンの終盤のような雰囲気が漂う。会社のマスコット「トゥルーディ」という名前の茶色と白の毛並みをしたコーギーが、たいてい足元をうろついている。トゥルーディは社員が共同所有しているペットでもある。テレグラム上のAIボットが世話のタスクをリマインドする中、社員らが餌やりや散歩、入浴の世話を分担している。
階下には、「Corgi Cafe」と呼ばれる会社が所有・運営する終夜営業のコーヒーハウスがあり、一般客にも開放されている。この店は、プロダクトの締め切りに追われたり、契約成立を目指したりしながら夜明け近くまで働く、20代の新興企業創業者にとっての灯台のような存在になっている。
Corgiのオフィスで目にする光景は、一般的な保険会社のイメージからはかけ離れている。だが、AI系新興企業の世界は現在、激しい競争と熱狂のさ中にある。保険金請求の管理という地味な業務を変えようとする企業であっても、従来の常識は通用しない。
AIエージェント同士が保険の見積もりや保険金請求の管理を担う
そして、創業2年のCorgiが商機を見いだしているのが、まさにこの新興企業向け保険の市場だ。同社はAIを使って顧客向けの見積もりを作成し、顧客の業務フローを評価したうえで、保険商品の価格を決めている。Corgiは保険金請求の管理にもAIを活用しており、従来は海外で働くことも多い人間の査定チームが担ってきた業務を置き換えようとしている。Corgiは新興企業向けに保険を提供するだけでなく、新興企業が自社の顧客に保険を販売するための仕組みも提供している。「AIエージェント同士がやり取りをして、こうした業務を進めている」とラクアは語る。
Corgiは、風変わりな面はあるものの、創業2年で事業を軌道に乗せ始めている。同社はすでに、数千社の新興企業顧客から年換算で約1億ドル(約159億円)の売上高を上げていると主張する。顧客には、人事・給与管理新興企業のDeel、AI企業のArtisan、企業向けAI企業のEragonなどが含まれる。Artisanは、サンフランシスコで「人間の採用をやめよう」と掲げた広告看板で悪名を高めた企業だ。
Corgiが提供する保険の一例としては、Eragonに提供する「AI賠償責任」という急成長中の分野の保険がある。この保険は、EragonのAIモデルがハルシネーションを起こしたり、顧客向けに誤った出力をしたりした場合に、訴訟から同社を守るものだ。EragonのCEO、ジョシュ・シロタによれば、保険の見積もりは24時間足らずで提示され、手続きはすべてデジタルで完結し、担当者からの電話を受ける必要もなかったという。「彼らは新興企業に必要なスピード感を理解している」とシロタは語る。
約254億円を調達、評価額約2067億円でユニコーンの仲間入り
Corgiは米国時間2026年5月6日、グロースエクイティファームTCVの主導による1億6000万ドル(約254億円)の資金調達ラウンドを発表した。評価額が13億ドル(約2067億円)に達した同社は、ユニコーン企業の仲間入りを果たした。同じ日にCorgiは、長距離トラック運転手向けに保険を提供する新サービスも開始したが、顧客名は明らかにしていない。



