不確実性が加速するグローバル社会において、地政学リスクや気候変動はもはや遠い国の出来事ではなく、サプライチェーンの根幹を揺るがす喫緊の課題だ。
複雑な供給網のリスクを予測するうえで、「衛星リモートセンシング」技術に注目が集まっている。デロイト トーマツでサプライチェーンユニットを率いる井上智と、今年4月に同グループに参画したデロイト トーマツ サステナクラフト(DTSC) 代表取締役の末次浩詩が、衛星データ時代の生存戦略について議論を交わした。
――本対談のテーマは「衛星リモートセンシング」です。最初に、おふたりが手がけている領域や事業についてお聞かせください。
井上 智(以下、井上):私はデロイト トーマツ (以下、デロイト)で、サプライチェーン専門のプロフェッショナル約200名を擁するSC&NO(Supply Chain & Network Operations)ユニットを率いています。製造業や流通業を中心としたサプライチェーンにおいて、調達や物流、製造、モノづくりの設計開発といった業務や経営の改革支援をしています。
末次浩詩(以下、末次):私は新卒でコンサルティングファームに入り、サプライチェーンのデジタル化やデータアナリティクスに従事してきました。もともと大学では制御工学を学んでおり、複雑な供給網を最適化するサプライチェーンマネジメントは一種の“制御”に近いと、親和性を感じていました。
2021年には衛星リモートセンシングを活用し、森林の減少状況や炭素吸収量といった自然資本を客観的に評価・可視化するスタートアップ「サステナクラフト」を立ち上げました。そして今年4月、ビジネスと環境価値の統合を加速させるべくデロイト トーマツ グループに参画しました。
――そもそも「衛星リモートセンシング」とは、どのような技術なのでしょうか。
末次:単純に言えば「宇宙空間にセンサーがある」状態です。可視光だけでなく赤外線やマイクロ波などを用い、目に見えない情報まで扱います。現在は「時空間分解能」、つまり撮影の頻度と細かさが劇的に進化しています。
井上:2000年頃からサプライチェーンのグローバル水平分業化、具体的には製造機能の海外移転と部材のグローバル調達が進んできたことで、どのような国で起こったリスクの顕在化であっても、それが世界中に伝播してしまうようになりました。しかし、こうした状況下では、企業のなかにあるデータだけでは対応しきれない部分が出てきています。
末次:まさに、その自社データだけでは対応しきれない領域を埋めるのが衛星データです。従来のインフラ監視や防衛だけでなく、昨今は地政学リスクやESG対応という文脈で注目を集めています。その最大の強みは「許可を得ずにどこでも、地球を撮れる」という点にあります。
高精度の未来予測により、必要とされるのは“管理”から“知性”へ
――衛星リモートセンシング技術の発展は、既存のビジネス、とりわけグローバル・サプライチェーンにどのような影響を与えるのでしょうか。
末次:将来的に衛星データは、小売におけるPOSデータと同じように、課題解決のための有力なデータソースのひとつとしてコモディティ化していくと考えています。かつて小売業においてはPOSデータが普及したことで、在庫管理やマーケティングは劇的な進化を遂げました。衛星データも今後は当たり前のツールとして活用されるようになるはずです。
この背景には、NASAやJAXAといった公的機関だけでなく、民間企業による撮影データもビジネスで利用可能になった近年のデータ流通構造の変化があります。加えて、撮影の頻度を短くし、解像度をより細かくしていく技術進化により、特定の地点を継続的にモニタリングできる環境が整いつつあるのです。
井上:私が電子部品メーカーの支援をしていた際の実例ですが、スマートフォンメーカーなどからの要求や需要は、実際の市場の3倍近くに膨れ上がることがあります。これは各社が在庫を確保したいために多めの発注を重ねるという“情報の歪み”によるものです。しかし、半導体メーカーからすれば、そうした不透明な情報を鵜呑みにするわけにはいきません。
こうした状況を打破するには、社外工場への発注状況といった外部の実態を直接捉え、そのデータをもとに高精度なシミュレーションを行える「デジタルツイン」の構築が不可欠です。客観的なデータによって現状を可視化できれば、情報の齟齬や認識のズレを防ぎ、無駄のないサプライチェーンの実現につなげることができます。
末次:衛星リモートセンシングでは、統計データといった「点」の情報によるサンプリングではなく、「面」での一貫した情報を提示します。その結果、物理的な動きをデジタル上で再現する「デジタルツイン」の解像度も劇的に引き上げられるのです。
井上:これまでは異常気象や物流ルートの遮断が起きると、現場がその情報をエクセルで集計して、経営陣や災害対策本部が正確な状況を把握するまでに1週間以上かかってしまい、対応が後手に回るということが往々にしてありました。
しかし、1〜2日で状況を把握し将来予測まで可視化できれば、打つべき手も変わってきます。判断の質を飛躍的に高め、いかに早く動くか……つまり、単にモノの流れを管理するサプライチェーンマネジメントではなく、物理的な実態に基づき、リスクを予見して先手を打つ「サプライ・インテリジェンス」を確立できるかどうかが重要となってくるのです。
末次:サプライチェーンのつながり(供給網)を完全に可視化できれば、「自分がこの手を打てば、相手はこう動く。ならば次はこの手を打つべきだ」というシミュレーションが可能となります。それをサプライという枠組みのなかで、再現性の高いモデルとして目指していく。「サプライ・インテリジェンス」とは、そうやって供給側のインテリジェンスを極限まで高めていくことです。
規制対応という“守り”を“攻め”の戦略に転換するために
――今年4月には、末次さん率いるサステナクラフト(DTSC)がデロイト トーマツ グループに参画しました。この合流は、どのようなシナジーを生み出すのでしょうか。
末次:私たちが扱う自然資本の領域では、現地の生計向上や相手国政府の意向など、単なる画像解析だけでは測れない要素が多大にあります。デロイトと組むことで、人文科学や社会経済学的な多角的な視点を踏まえた、より深いアプローチを模索していきたいと考えています。単に「植林が行われているか」という事実を確認するだけでなく、その背景にある社会構造まで踏まえた経営判断を支援できる体制が整ったといえます。
井上:ここ10年ほどで、私たちデロイトがお客様に提供してきた価値は、生産性向上や収益改善、業務改革といった企業内部の変革に重きが置かれてきました。しかし今後は、外部データも取り込みながらバリューチェーン全体を俯瞰し、より最適な経営判断を支援していくことが求められます。一方で、その前提となる外部データが十分に整備されているとは限らないのも実情です。
こうしたなかで、私たちと同じ価値観をもったエンジニア組織と手を取り合うことは、本当の意味でのバリューチェーン全体の改革支援につながると考えています。
また、今後は以前なら3か月かけていた課題に対しても、コンサルタントとエンジニアが現場で一体となって動くことで、1か月、あるいは1週間という圧倒的なスピードで答えを出せるようにしていきます。そうやって、極めて有益な独自の情報を基盤に、経営の根幹を支える判断材料を迅速に提供していきたいです。
末次:私たちのアプローチは、コンサルティングを通じて現場の課題を深く理解しながら、同時に解決のためのソリューションを構築していくスタイルです。特定の領域を跨いでビジネスとテクノロジーの双方の知見を融合させることで、ノイズのなかから本質を見極め、汎用性の高い解決策をクライアントに伴走しながら提供することができます。
例えば、自動車OEMにとってタイヤの原材料となる天然ゴムの調達は死活問題です。20年先まで見通すと、産地であるインドネシアやタイでは水ストレスのリスクが非常に高まっています。これに炭素コストや環境規制といった要素が加わると、将来的なトータルコストは大きく変わります。こうしたリスクを可視化することで、リソースの最適配置や競争優位性の構築といった、“攻め”の戦略へと転換できるのです。
また、当社では最近、これまで力を入れてきた自然資本だけでなく、例えば不動産業界や街づくりなどの人工資本にも、衛星データを活用したアプリケーションを提供し、継続的にアップデートしていくこともはじめています。こうしたモデルは、さまざまな業界でも適用できる部分があると思います。
経営者に求められる「原理原則」のリテラシー
――衛星リモートセンシング技術による情報や知見を“攻め”の戦略へとつなげるために、経営者が意識しておくべきことはありますか?
末次:可視化が進む世界は、経営者にとって非常に酷だと思います。衛星リモートセンシングやAI技術の発展によって、これまでは2〜3週間かけて検討できたプロセスが一瞬で終わり、即断即決を迫られるようになるからです。
ここで問われるのは、AIが提示した「最善手」の理を疑える力です。例えば、「衛星リモートセンシングでは、原理的に地中20cmまでしか撮影できない」という技術的限界を知らなければ、誤った判断を下しかねません。AIの十手先、百手先の手を解釈するために、技術や地政学といった原理原則を広く深く理解しておくリテラシーが不可欠になります。
井上:その原理原則のアップデートは、まさにグローバルリーダーの必須要件です。衛星という俯瞰的な情報を使いこなす真の目的は、単なるリスク回避ではありません。情報を能動的に活用することで、自らルールメイキングを主導し、自分たちに有利な土俵をつくり上げていくこと。こうした「知性」を戦略の核に据えることこそが、国際競争力を高める鍵となります。
――最後に、お二人が「衛星リモートセンシング」という領域で目指す未来像をお教えください。
井上:今後、多種多様なデータを活用し、企業価値を高めていくという取り組みは重要となってきます。さらに、私たちが解決すべきアジェンダはとても複雑に絡み合っていて、非常にチャレンジングです。
それでも、人と人が手を取り合い目の前の課題を解決していくこと。それこそが日本の製造業の強みである「KAIZEN(改善)」なのだと思います。そして、その解決の先にはきっと、人が成長する機会や新たな雇用創出といった新しい価値があるはずです。「不安定な時代のサプライチェーン確立」という難題に対し、課題解決の先進国・日本として世界へその価値を発信していく礎を作っていきたいです。
末次:リモートセンシングによって世界の解像度が上がれば、サプライチェーンの末端で「実際にどのような人が暮らしているか」という手触り感のある情報が得られるようになります。そこにあるのは、お題目としてのサステナビリティや人権ではなく、現地の生活という実感を伴うリアリティです。その地に足のついた情報こそが、プロジェクトを推進していくうえでの大きな原動力になるはずです。
デロイト トーマツ サステナクラフト
https://www.sustainacraft.com/
いのうえ・さとし◎デロイト トーマツ パートナー。大手製造業メーカーで数多くのIT・SCM変革を手掛けた後、現職に就任。自動車、半導体、製薬、コンシューマープロダクトなど、製造業を中心としたバリューチェーン変革に強みをもつ。設計・製造の現場改革からグローバル事業マネジメントの刷新に至るまで、クライアント企業の価値最大化を目指したコンサルティングを一貫して手掛けている。さらに近年では、製造業における新たなオペレーティングモデルや事業基盤の実現を目指し、バリューチェーン・データの戦略的活用とその定着化にも取り組んでいる。
すえつぐ・ひろし◎デロイト トーマツ サステナクラフト 代表取締役。同社にてビジネス開発とプロダクト開発を統括。コンサルティング業界で10年強データサイエンスを軸にさまざまな業界での案件に従事し、独立起業。並行して東京大学の先端研にてマルチエージェント強化学習の研究、衛星コンステレーションスタートアップでソリューションR&Dに従事したのち当社を創業。 東京大学先端研博士課程(工学博士)、INSEAD Management Acceleration Programme修了。



