不確実性が常態化するVUCAの時代、日本企業はいま、経営OSそのものの刷新を迫られている。これまで“死角”と見なされてきた「経費精算」や「移動」は、単なる間接業務ではなく、企業競争力を左右する中核領域へと変貌した。出張・経費管理クラウドを牽引するコンカー代表取締役社長の橋本祥生(以下、橋本)と、タクシーアプリをはじめとするモビリティDXを推し進めるGO執行役員の中西佑樹(以下、中西)が、事業成長を支えるコーポレート機能のあり方と、真の人的資本経営を実現する「信頼ある世界」について語り合う。
「移動」や「経費」という日本企業の“死角”
──両社は「経費」や「移動」という、企業経営における“お金”と“人”の血流といえる領域の変革を促しています。日本企業において、長らく後回しにされてきたこれらの領域を、今あえて変革する意義とはなんでしょうか?
橋本:変革の意義を語るうえでは、まず「なぜこの領域が、日本企業の経営においてこれほどまでに長く放置されてきたのか」という構造的要因を整理する必要があります。そして、その理由は大きく3つあると考えています。
まず1つ目は、IT投資よりも「人海戦術」を優先してきたという点です。日本ではコストをかけてシステムを導入するよりも、現場のマンパワーで解決することを良しとする発想が根強く、結果として「経費」や「移動」は投資の必要性が認識されにくい領域でした。
2つ目は、日本人特有の“守り”の文化です。私たちコンカーが日本で事業を始めた15年前は、現金で経費を支払い、手書きで精算し、月末にレシートを糊付けして提出する。そんなアナログなプロセスを「変えないこと」が、ある種の美徳とすらされていました。
そして3つ目は、一件あたりの金額が小さく分散しているため、経営に与える影響が過小評価されてきた点です。「見えにくいものは、管理しなくていい」という理屈で、構造的に後回しにされてきたのです。
中西:さらに俯瞰した構造でいくと、日本企業の多くは「事業とコーポレートの分離」という課題を抱えたまま歩んできました。「売上がすべて」という高度経済成長期の熱狂のなかで、事業成長が最優先され、コーポレート機能はどうしても後回しにされる前提の構造だったのです。結果として、事業サイドがもつコーポレートの役割に対する解像度が低いまま、両者が分断された状況が固定化されてしまいました。加えて、日本特有の経営者が「家の長」として振る舞う家族経営的な「縦の社会」の構造と、物事を曖昧にして調和を図る「横の社会」の性質が重なり、“家族だから疑わない”“阿吽の呼吸でわかるはず”という空気が組織のなかに根付いていきました。本来であれば可視化し、検証し、仕組みとして整備すべき領域であっても、曖昧さが許容され、不都合な実態が“死角”として温存されてきたと言えるでしょう。
しかし今、こうした日本のOSそのものが、現代の経営環境に合わなくなっています。つまり、この領域を変革する意義とは、単なる効率化ではなく、長らく放置されてきた「経営の死角」を取り除き、OSを最新版へとアップデートすることに他なりません。
橋本:経営OSの刷新を迫る外部要因も、3つの大きな変化として顕在化しています。1つ目は労働生産人口の減少です。25年後には現在の約30%もの働き手が失われるなか、もはやアナログな管理に人を割く余裕はなくなっています。2つ目は、ガバナンス遵守への社会的要請です。近年、コンプライアンス違反による倒産が過去最高を記録したというデータもあり、不備は一発で経営を揺るがすリスクとなっています。そして3つ目が、不確実性の増大です。為替や物価の激しい変動に対し、緻密なリスクコントロールを行うための「データ」が不可欠になっており、「移動」や「経費精算」もまた経営のスピードと精度を高めるための重要なアジェンダへと変わってきました。
中西:VUCAの時代において、小さなガバナンスの不備がステークホルダーの信頼失墜を招き、一気に足元をすくわれるリスクはかつてないほど高まっています。だからこそ、事業とコーポレートを高いレベルで両輪として回していくことが、現代の経営の前提条件なのです。
さらに言えば、この変革は「攻め」の武器にもなります。タクシーアプリ『GO』の法人向けサービス『GO BUSINESS』の導入企業では、可視化された移動データを元に、営業効率を最大化するために「あえてタクシーを使おう」と指示するケースも出ています。これまで実態が把握できず、一律に「コスト」として禁止していたものを、可視化によって事業成長のための「投資」へと変換できるようになりました。ここに、経営OSを刷新する最大の意義があります。
橋本:そのためには、日本特有の“横並び”の意識を逆手にとり、同業他社の成功事例を共有するコミュニティ形成や、地方銀行を起点とした地域一体での意識改革を促すアプローチが、変革の強力なトリガーとなります。
信頼ある世界が自律した社員をつくる
──「移動」や「経費」といった現場における小さな“歪み”を放置することが企業の持続可能性に影響を与える、と。
中西:私たちの調査では、ビジネスでのタクシー利用者の約3人に1人が、“制度上の抜け穴”の存在を認識しており、そのうち約3割が、何らかの不適切な利用を経験しているという結果が出ています。こうした微細な歪みは「割れ窓理論」のように増幅し、最終的には深刻な不正を招き、企業の存続を揺るがすリスクとなり得ます。
ただし、私たちが根本的につくりたいのは、現在の「監視型」のガバナンスではなく、「自律を促す攻め」のガバナンスです。そしてそのうえで、企業と従業員との信頼関係が構築されていることが大事だと考えています。本来、企業にとっても従業員にとっても、互いを疑い続けることは大きな負荷となるはずです。デジタルによって疑う余地のない状態を可視化できれば、お互いの信頼のなかで心地よく働けるようになるはずです。人はつい楽をしてしまう弱さをもつからこそ、あらかじめそのラインを明確に引くことで「社員を守る」という考え方が重要です。
橋本:私たちのサービスを導入された企業からも、「管理が厳格になったにもかかわらず、現場の負担が軽減された」という反響を多くいただいています。従来、ガバナンスの強化は現場の負担増というトレードオフを伴いましたが、デジタル化がその前提を変えました。例えば『GO BUSINESS』のようなサービスとの連携により、手入力なしで精算が完結するようになります。管理部門においても、改ざん不能なデータが直接連携されることで、チェック業務の負荷が大幅に軽減されています。
中西:『GO BUSINESS』では、乗降車地のデータを詳細に把握できるため、それが不正利用の強力な抑止力となっています。乗車メモと実際の走行データを照合することで、不適切な利用は瞬時に判明します。こうした「見える化」の徹底が、結果として経営の健全性を高めることにつながっているのです。
──デジタル化によってもたらされる透明性は、組織の意思決定のあり方をどのように変えますか?
橋本:経営にとっては、リソースのメリハリをつけられるメリットが非常に大きいです。誰が、どこで、何に、どれだけ使っているかが可視化されれば、成長領域には「経費」という名の投資をして、そうでない領域は抑制するという予測判断が可能になります。実態が見えないがゆえに一律でタクシーや出張禁止といった硬直的な判断を下していた時代から、データドリブンな経営スタイルへと進化できるのです。
中西:営業の成績を上げている人の傾向を見ると、お客様との接点回数が多いことがデータとして明確に現れます。これが感情ではなくデータで裏付けられれば、現場の納得感が増し、コミュニケーションも円滑になります。
橋本:現場にとっても、透明性が高まることは「監視される」ということではなく、自分たちの判断基準が明確になることにつながります。例えば、あるお客様では、出張旅費の上限を設ける代わりに、全従業員のホテル予約価格を社内に公開しています。すると、「だいたいみんなこの金額で取っているんだ」という意識が自然と広がり、ルールで縛るよりも実効性のある統制が自律的に成立しているのです。
中西:「ここまでは見られている」「このラインのなかでなら自由にしていい」という明確な基準があることで、結果的に社員を不正から守ることにつながります。
「人的資本」最大化のためのデータ
──管理業務の省力化によって生まれる余力は、人的資本を最大化するうえでどのような価値をもたらすのでしょう?
橋本:私がコンカーに入社した当時、ある企業のエグゼクティブからいただいた言葉が非常に印象に残っています。「高い志をもって入社してくる若い社員に、領収書のチェックに多くの時間を割かせてしまっていることに申し訳なさを感じる。もっとクリエイティブな仕事に時間を使わせてあげたい」と。これは人的資本をどう生かすかという本質的な問いです。経費申請や承認作業といった事務業務をゼロに近づけることで、優秀な人材を付加価値の高い業務へ再配置し、従業員のエンゲージメント向上に確実につなげることができます。
中西:ある企業では、「社内の人と飲んでいる回数」と「その人の昇給」に相関があることを可視化し、交流への投資を意思決定しています。データを活用して「成績を上げている人の行動特性」を特定できれば、そこへ戦略的に投資ができる。これこそが真の人的資本経営ではないでしょうか。
──強固なガバナンスを現場や管理者の負担増なしに実現するうえで、AIなどの最新技術活用についてもお教えください。
橋本:コンカーはSAPグループとして「AIファースト」を掲げ、大規模な投資を継続しています。私たちの強みは、全世界で年間1億人のユーザーから生まれる10億件の経費明細という膨大なデータと、30年以上にわたる知見にあります。昨年リリースしたAI不正検知サービス『Verify』による目検チェックの自動化に加え、今年はAIコパイロット『Joule』による対話型の精算を実現します。
これにより、単なる効率化を超え、蓄積されたデータから経営の意思決定に資するインサイトを提供することができます。こうした非財務データの高度化は、人的資源の最適配置を通じてROE(自己資本利益率)の向上にも直結します。
中西:移動そのものの価値としても、AIと技術の進化は劇的な変化をもたらします。将来的に「ロボタクシー」が社会実装されれば、車内は情報漏洩のリスクがない“完全なプライベート空間”へと変わります。移動時間がそのまま会議室のような生産的な時間に転換されるのです。こうした未来において、GOが有する膨大な移動のビッグデータは、企業の生産性を左右する強力なアセットとなります。この独自のモビリティデータを武器に、企業の利益を最大化し、日本の産業全体の競争力を高めていくことが私たちの役割だと考えています。
コーポレートから組織と風土を変革する
──最後に、「移動」や「経費精算」のあり方を変革することで、それぞれ実現したい未来像とはどのようなものでしょう?
中西:これまでは経費の可視化も「あったらいいな」という程度に捉えられていましたが、今は「絶対に不可欠なもの」へと変わりました。事業とコーポレートの両輪を高いレベルで回すことが求められる時代だからこそ、経営者のOSを刷新し、企業の血流づくりをどう行うかが問われています。
私たちが目指すのは、独自の移動データと強固なプラットフォームの連携によって、日本の経営における「思想」そのものを引き上げることです。現在の停滞を打破し、日本らしい強みを生かしながら経済を力強く回していきたいと考えています。
橋本:私たちは従来から「間接業務・コーポレート業務のDXの先頭バッターは経費精算から」と訴えてきました。その先に目指すのは、「経費が経営を変える世界」です。データとAIを活用することでアナログな業務を自動化し、優秀な人材の再配置を促すことは、組織風土改革にも大きく貢献できるはずです。
移動や経費のデータを単なるコストとしてではなく、事業の予測判断を行うための「投資」として活用していただきたい。経営の解像度を高め、私たちと一緒に日本の競争力を高めていきましょう。
GO BUSINESS
https://go.goinc.jp/business/
なかにし・ゆうき◎GO執行役員。語学学校創業を経て、スタートアップにて取締役を歴任。2024年10月にGO入社。法人向けサービス『GO BUSINESS』の成長・新規事業開発・新卒採用領域を牽引する。
はしもと・さちお◎コンカー代表取締役社長。1998年日本電気入社。2011年ガートナー・ジャパン入社を経て、13年コンカー入社。営業本部長、公共マーケット事業開拓などを歴任し、24年5月に代表取締役社長に就任。
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