サイエンス

2026.05.14 17:00

なぜヒトは老いるのか? 長寿より子孫繁栄を優先した人体のメカニズム

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実に不穏な事実ではあるが、20代後半を迎えたあと、あなたの体は衰え始め、それは決して止まることはない。筋肉量が減少し、DNA修復の速度は遅くなる。細胞老廃物が、それまでは蓄積しなかった部位に溜まっていく。

たいていの人は老化を、ヒトが生物である以上逃れられない運命、遅かれ早かれ受け入れざるを得ない現実と捉えている。しかし、進化生物学の観点からすると、老化は、単なる経年劣化を超えた、奇妙で興味深い現象だ。多くの点で、老化は逆説的でさえある。

なにしろ、自然選択は無慈悲なまでに効率的に仕事をこなす。自然選択は数億年にわたり、信じがたいほど複雑な生命の在り方を形づくってきた。脊椎動物の眼、免疫系、キョクアジサシの途方もなく長く正確な渡りなどが挙げられる。これほど精密な調整に長けているにもかかわらず、なぜ自然選択は、老化という問題を放置してきたのだろう? なぜ進化は、老化の解決策を編み出すどころか、最適化すらしてこなかったのだろうか?

端的にいえば、学術誌『Nature Education Knowledge』に掲載されたダニエル・ファビアンとトーマス・フラットによる総説論文にあるように、進化は一度として、老化を解決しようとはしてこなかった。それは、解決不能だったからではなく、解決する理由がなかったからだ。

これがいったいどういうことなのかを理解するには、自然選択のロジックを少し掘り下げる必要がある。

進化は、老化に目をつむってきた

進化の歴史の大半を通じて、自然界での生は短く、危険で、容赦ないものだった。捕食者、飢え、感染、事故による死は、私たちの祖先にとって日常茶飯事だった。こうした環境のなかで、ほとんどの個体は若くして命を落としてきた。老化による自然死は、とてつもなくまれな現象であり、ほぼすべての人が、ありとあらゆる原因で命を落とした。

こうした現実が、本質的でありながら、あまり顧みられない帰結を生んだ。平均的なヒトの祖先が生きていた、本来の過酷な生息環境のなかでは、例えば35歳や40歳を大きく超えて生き延びる見込みはなかった。したがって、こうした年齢を過ぎたあとでどんな生物学的変化が起ころうとも、それらはおおむね、自然選択の網の目をかいくぐるのだ。

言い換えれば、自然選択は、実際に生きている個体が、実際に発現させている形質に対してのみ作用する。ファビアンとフラットが述べているように、「自然選択の作用は、加齢が進むにつれて減衰していく」。そして、外的要因による死亡率が高い環境下では、その減衰は急速に起こる。

こんなふうに考えてみよう。自然選択はフィルターであり、表面化した問題をキャッチする。子孫を残す前の20歳で命を落とすような変異は、すぐさま自然選択に捕捉され、容赦なく消し去られる。だが、60歳という、すでに遺伝子を残したあとの年齢になってから、なんらかの問題を引き起こすような変異は、自然選択のフィルターをほぼ完全に素通りする。そのためこうした変異は、世代を重ねるごとにゆっくりと蓄積する。この蓄積こそが、私たちが老化と呼ぶ現象の大半を占めるのだ。

シンプルでエレガントでありながら、驚くほど見落とされがちなこの洞察が、「老化の進化」に関する論理全体の基礎をなしている。この発展型として、次に挙げる二つの仮説があり、いずれも注意深く検討するに値する。

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翻訳=的場知之/ガリレオ

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