イーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、ラッパーのジェイ・Z、NBAのレブロン・ジェームズ──。彼らに共通するのは、シングルマザーに育てられた経験を持つことだ。フォーブスの集計によれば、自力で財を成したビリオネアのうち、少なくとも25人がシングルマザーのもとで育っている。ビリオネアの基準は資産10億ドル(約1580億円。1ドル=158円換算)以上だ。世界長者番付の上位5人には、マスクとベゾスの2人が含まれる。
米国は先進国の中でもシングルマザー世帯の比率が高い社会として知られる。その多くが経済的困窮と隣り合わせで暮らし、複数の仕事を掛け持ちして子を育てる現実がある。本稿に登場する母たちも例外ではない。暴力をふるう夫から逃れた人、若くして夫を亡くした人、子を連れて他国へ移住した人もいる。逆に、自身がシングルマザーから自力でビリオネアになった人物もいる。10代で妊娠したダイアン・ヘンドリックスや、生活保護を受けながら『ハリー・ポッター』を書いたJ・K・ローリングがその代表例だ。
本稿では、シングルマザーのもとで育った25人のビリオネアと母親たちの苦難に触れた上で、世界長者番付に名を連ねる主要な10人の経歴を資産額順に紹介する。
シングルマザーが育てた25人のビリオネア
少なくとも25人の自力で富を築いたビリオネアが、主にシングルマザーによって育てられ、ホーム・デポ、WhatsApp、パトロン・テキーラといった事業を築き上げた。彼らの母親の中には、暴力をふるう夫から逃れた人や、若くして夫を亡くした人もいた。彼女たちは、経済的な不安に直面しながら複数の仕事を掛け持ちし、自身の夢を諦めて子どもを最優先にした。
シングルマザーから出発したダイアン・ヘンドリックスとJ・K・ローリング
世界で最も有名な自力で成功した女性ビリオネアのうち2人も、シングルマザーとして出発した。その1人目は、2023年に「全米で最も成功した女性起業家」として紹介したダイアン・ヘンドリックスだ。彼女は10代で妊娠し、若くして子どもの父親と離婚した後、成人向け雑誌『PLAYBOY』が運営する高級クラブのウェイトレスや不動産関連の仕事で息子を支え、のちに再婚した。2人目の作家のJ・K・ローリングは、シングルマザーとして生活保護を受けながら、『ハリー・ポッター』シリーズを書き上げた。
ラップ界のジェイ・Z、テック界に進んだトープ・アウォトナ
ジェイ・Zの母親のグロリア・カーターは、夫が家を出ていった後、ニューヨーク市職員や警備員として働き、ブルックリンのマーシー団地で、後にラップ界の伝説となる息子を育てた。「厳しい暮らしだったが、母は何とかやりくりし、多くのことを同時にこなしていた」と、ジェイ・Zは当時を振り返っている。日程調整アプリ「Calendly」の創業者トープ・アウォトナも、母国ナイジェリアで父親がカージャックに遭い、射殺されたのを目撃した後、シングルマザーのもとで育った。母親はその直後、家族を連れて遠く離れた米国へ移住した。
世界長者番付上位5人のうち2人、イーロン・マスクとジェフ・ベゾス
世界長者番付の上位5人のうち2人も、シングルマザーのもとで育った。イーロン・マスクの母親は、子どもを連れてカナダへ移住した後、5つの仕事を掛け持ちした。ジェフ・ベゾスの母親は、17歳で後にアマゾン創業者となる息子を出産し、銀行で働きながら夜間学校に通った後、彼の継父となるミゲル・ベゾスと出会った。
48歳で実母と再会したラリー・エリソン
同じく上位5人に入る富豪のラリー・エリソンの実母は、まだ10代だった頃にエリソンを出産したが、その後、生後9カ月の息子が肺炎を患ったことで育児に追い詰められ、彼を親族に託すことを決めた。エリソンが実母と再会したのは、48歳になってからだった。
3つの仕事でフィンテック企業創業者を育てた母
そうした「スーパーマザー」の1人として挙げられるのが、フィンテック界の大物ヘイズ・バーナードを育てたディディ・バーナードだ。彼女は、アルコール依存症だったバーナードの父親と離婚した後、ミズーリ州セントルイスでシングルマザーとして息子を育て上げた。高校フットボールの伝説的コーチの娘だったディディは、家計を支えるために3つの仕事を同時にこなした。彼女は、法律・税務関連の専門書のセールスウーマンとして、年間6万マイル(約9万7000キロ)を車で走り回り、代用教員として働きながら、ディスカウント小売店T.J.マックスで夜勤もこなした。
「3つ目の仕事で母は限界まで追い込まれていた」とバーナードは語る。1人っ子だった彼は、母親が仕事で家を留守にしている間、レゴで遊びながら1人で過ごすことが多かった。彼は、母親が家族から受け継いだ宝飾品や銀製品を生活のために売り払うのを見ていた。バーナードは幼いころから、自分が成功して母親を楽にさせると約束していた。彼は母親に「自分にできるようになったら、すぐに母さんを支える。すごい会社をつくるんだ」と言っていたという。
起業の原点となった、光熱費に悩む母の姿
バーナードは、2003年にParamount Equity Mortgageを創業し、母への約束を果たした。彼は同社の立ち上げ前、オラクルや住宅向けエネルギー企業SolarCityに勤務していた。起業の原点には、数十年前、小さなアパートで高額な光熱費に頭を悩ませていた母の姿があった。Paramount Equity Mortgageはその後、住宅所有者が環境に配慮した住宅改修の資金を調達できるよう支援する金融プラットフォーム、GoodLeapへと発展した。ディディは、息子の会社で17年近く勤務し、2024年末に退職した。
事業を成功させたバーナードは、ディディとともにアフリカを旅し、彼の財団が提供した太陽光発電技術が使われているケニアのゾウ孤児院を訪れた。また、同じ旅で彼は妻や子どもとともに、夕日を眺めるためにヘリコプターで山の頂上に向かった。たき火のそばに座っていたとき、ディディは息子を見ながら「私たちは、ここまで来た」と語ったという。
しかし、彼女は今も息子に植え付けた粘り強さと強い意志を失っていない。ディディは、80歳になった今も自宅の芝を自分で刈り、家の掃除もこなし、週に3回、GoodLeapの従業員のために6品の食事を作っている。



