2025年、メリアム・ウェブスター社の「今年の言葉」候補に、自分自身のイメージを管理し他者に好印象を与えるための言動を指す「performative(パフォーマティブ)」という言葉が選ばれたことも、この現象が若い世代にとっていかに自明のものかを示しているようです。
一方で最近、常にオンラインであることへの疲弊から、若者の間では「見えないこと」が新しいステータスになりつつあるといいます。多くのメディアでも「Offline is the new luxury(オフラインが新しい贅沢だ)」という意味のタイトル記事を見かけるようになりました。
ECショップを持たないセレクトショップや凝ったプリントカタログを「かっこいい」と感じるなど、生まれたときからオンラインの世代にとっては、オフラインな場所やものに新たな救いを得ているのかもしれません。避難場所を知っているのと知らないのとでは、心の安らかさが異なります。
発達心理学者のアリソン・ゴプニックは子どもの意識と大人の意識の違いを「ランタン対スポットライト」と比喩しました。
子どもは「ランタン」のような広範で拡散的な意識で、あらゆる情報を受け入れながら学習し、創造する。一方、大人の意識は「スポットライト」のように狭く目標志向で、物事を成し遂げることに集中されている、と彼女は言います。常に「公開されている」状態とは、四方八方からスポットライトを浴び続けることである、ともいえないでしょうか。
「親像」が革新されるという一見ポジティブな現象の裏で、子どもの探究心や創造性が押し込められてはいないか。生まれる前からその存在がインターネット上に記録されている世代にとって、世界は明るすぎるくらいです。彼らがランタンで探求できる「暗闇」を与えることのほうが、いま人間の成長として重要なのではないか。そんなことが頭を巡ります。
では、森のなかで自給自足のヒッピー暮らしをすればいいのかと言えば、そんな極端な決断をする勇気も余裕もありません笑。安西さん、人生相談のような内容になってしまいますが、子どもがいるラグジュアリーの風景について、どのように思われますか?


