──農業M&Aのハードルとは。
藤田:M&Aのプロセスは、売り手と買い手が同じ土俵に上がることから始まります。一般のM&A市場であれば、仲介業者のもとに「売りたい」「買いたい」という情報が自然に集まり、マッチングが動き出します。ところが農業ではそうはいきません。全くの他人に会社を売ることへの心理的ハードルが高く、売り手は情報を大っぴらに出したがりません。近隣の人に相談して株式譲渡ではなく土地の利用権の移転で済ませてしまうケースも多いです。結果として、買いたい側も売り手の情報をキャッチできず、マッチングが成立するまでのコストと労力が極めて高い状態が続いています。
飯野祥行(以下、飯野):さらに資産評価の面でもハードルがあります。デューデリジェンス(DD)では、土地・施設・機械設備だけでなく、樹木や家畜などの生物資産をどう評価するか専門的な知識が不可欠です。農地集約が進まない問題点として、家族内のコミュニケーションギャップで支障が出るケースもあります。親が「家族以外に貸してもいい」と思っていたのに、子供が突然「自分が継ぐ」と言い出して話がひっくり返る。そうした個別事情が、M&A成立手前で案件を消滅させる事例は実際にあります。
農地法に絡む企業価値評価の試算も
──農業M&Aガイドラインのポイントは。
飯野:3章構成で、農業M&Aを巡る現状、第三者継承のプロセス論、支援機関・役割分担の解説がまとめられています。ただ、農業分野でM&Aや株式譲渡の事例は少ないため、中企庁のM&Aガイドラインを参照しつつ、農業特有の論点を上乗せする形で作られました。最も注目すべきは、事業譲渡の際の農業特有の論点が初めて体系的に整理されたことです。
特に色濃く現れたのが、企業価値評価の試算とDDの領域です。一般企業のM&Aであれば、DDの対象は財務・法務が中心ですが、農業には農地法に絡む事項として、取得後も農地を所有・利用し続けられるかどうかの確認は欠かせません。さらに、補助金については、引き継ぎによって受給要件が変わり、場合によっては返還が必要になるリスクの検討、認定農業者などの制度認証が引き継げるかどうかといった、重要な論点が記載されています。
さらに、支援体制の面では、一般のM&Aとは異なり、支援は必ずしも1社で担う必要はなく、弁護士・金融機関・自治体が連携して対応するケースも多いです。各都道府県に窓口のある農業経営・就農支援センターや自治体が重要な役割を担うことが明示されました。そうした「支援者の組み合わせ方」についても、事例調査をもとに整理されています。


