(2)豊かさを生み出す手段は誰が所有するのか
過去の豊かさの時代、たとえば第一次産業革命の後では、その果実はまず、そして最も手厚く、豊かさの生産者の手に渡った。多くの場合、それは工場主たちだった。
今日では、オープンウェイトのAIアルゴリズムや分散型の計算能力が存在しており、理論上は、この第四次産業革命がもたらす機会へのアクセスは、より公平になっているはずだ。
しかし現実には、巨大テック企業がAIを事実上独占している状況に変わりはない。強力な国家アクターが、ビッグテックとの関係や影響力を利用して、自らに有利な政治的成果を引き出し、ビジネス機会を生み出していることは、すでに知られている。中小企業が競争に挑み、「豊かさを生み出す手段」の所有権を主張しようとしたとき、果たして公平な競争条件は整っているのだろうか。
(3)富と所得はどのように分配されるのか
現在、人々は働くことで報酬を得ており、その報酬は理論上、自分が生み出す価値に連動している。豊かさの時代には、AIとロボットが私たちのために働き、すべての価値を生み出すことになる。では、その豊かさをどのように分配するかは、どう決めるのか。
ここには3つの方向性がある。第1は、市場主導型である。新たな種類の仕事が生まれ、AIにはできないことをこなせる人々が頂点に立つ。AIが基礎的な価値を生み出し、その上でさらに価値を加えたい人間は挑戦できる。成功するかどうかは市場が判断する、というシナリオだ。
第2は、中央管理型である。ユニバーサル・ベーシック・インカム(最低限所得保障)の導入や、豊かさを生み出す事業の公的所有といった介入を伴う方向だ。これには法制度や政治の大規模な変革が必要になり、社会にそれを受け入れる素地があるかどうかは議論の余地がある。
第3は、おそらく最も危険な可能性であり、しかも我々が無自覚のうちに陥りかねない道でもある。来るべき変化に対して何ら実効的な対応を取らず、結果としてAIシステムの所有者がほぼすべての主導権を握る状況に至る、というシナリオだ。
悪夢のようなシナリオの1つは、テック企業と政府が手を携え、我々が望むものをすべてお膳立てして差し出してくる、というものである。その見返りに、彼らは我々のデータ、ツール、インフラ、そして生活そのものに対して、前例のない支配力を手に入れる。


