一方、医療専門家は、ボーデン博士の主張を軒並み否定している。米テキサス大学サウスウエスタン医療センターのクルティカ・クッパリ教授は、イベルメクチンがハンタウイルスを死滅させることを裏付ける「臨床的証拠はない」と指摘。英ロンドン大学ユニバーシティーカレッジ病院の感染症専門医であるニール・ストーン博士もXに「イベルメクチンはハンタウイルスの治療にまったく効果がない」と投稿した。マゾ博士は「イベルメクチンが適切な治療薬となる事例は数多くあるが、ハンタウイルス感染症には当てはまらない。この感染症に対して同薬が有効だという証拠は一切ない」と断言した。
イベルメクチンは、特に回虫による寄生虫感染症など、重篤な疾患の治療に革命をもたらした抗寄生虫薬だ。この発見により、2015年に2人の科学者がノーベル生理学・医学賞を受賞し、イベルメクチンは寄生虫に対する「奇跡の薬」として知られるようになった。米食品医薬品局(FDA)は、極めて限定的かつ特定の条件下で、イベルメクチンの人間への投与を承認している。
新型コロナウイルスが猛威を振るっていた頃、小規模な研究や観察報告では、イベルメクチンが患者の死亡率低下や回復の促進につながる可能性が示唆されたが、統計上の誤りなどの問題が次々と明るみに出た。その中には、データ捏造(ねつぞう)や盗作の疑惑が浮上し、後に撤回されたものもある。
FDAの承認も得ておらず、効果が実証された科学的根拠もないにもかかわらず、一部の医師や活動家は、イベルメクチンを新型コロナウイルス感染症の治療薬として積極的に推奨していた。同薬の使用を控えるよう促すため、FDAが2021年、「あなたは馬ではない。牛でもない。真面目な話、皆さん」とXに投稿すると、多くの人々はこれを、不確実な状況下で必死に助けを求める一般の患者を嘲笑するものだと受け止めた。これをきっかけに、イベルメクチンは新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)時に米国民の間で広がった政府に対する不信感を助長する存在となった。
2023年までに、イベルメクチンは新型コロナウイルス感染症の治療に実質的な効果をもたらさないという共通認識が科学界で形成されたが、個人的な体験談は依然として広まり続けている。


