それでも私たちはここにいる
人類は星屑から生まれ、そして「宇宙の歴史を理解しようとする」
ここまで見てきたように、地球という惑星は、空間的にも時間的にも、そして物質的にも、幾重もの条件が重なった結果として存在しています。ハビタブルゾーン、惑星の質量、磁場、元素の起源、形成のタイミング─それら一つひとつが欠けても、生命を宿す条件が整った今の地球はなかったかもしれません。
それにもかかわらず、私たちはここにいます。
この事実は、科学と哲学の境界に静かに立ち現れます。宇宙は広大で、冷たく、無数の偶然に満ちています。しかし同時に、その宇宙の歴史を理解しようとする存在(その一つの例としての人類)が、確かに生まれています。炭素や鉄といった元素の連なりが、やがて思考し、問いを発する存在へと至った。私はこの連続性こそが、科学が描き出す最も深い物語のひとつだと感じます。
カール・セーガンはかつて、人間を「星屑から生まれた存在」と表現しました。これは単なる比喩ではありません。私たちの身体を構成する原子は、実際に恒星の内部や爆発の中で作られたものであり、その意味で私たちは宇宙そのものの延長線上にあります。そしていま、その宇宙を見上げ、理解しようとしています。
ここで一つの感覚について触れておきたいと思います。夜空を見上げたとき、言葉にならない静かな感動や、自分の小ささと世界の広がりを同時に感じる瞬間はないでしょうか。この感覚は近年、心理学の分野で「Awe(『オー』という発音に近く、『畏敬』と訳される事が多い)」と呼ばれています。単なる美しさへの感動ではなく、自分という存在がより大きなものの中に位置づけられるときに生じる、認識の変化を伴う体験です。
星空を見上げるという行為は、まさにその典型です。そこにあるのは光だけではありません。46億年前の惑星形成、さらに遡れば100億年を超える銀河の進化の歴史が、その一瞬の視覚体験に重なっています。観測とは、外界を知る営みであると同時に、自らの存在を問い直す行為でもあるのです。
私たちはまだ、宇宙における自分たちの位置を完全には理解していません。地球が特別なのか、それともありふれた存在なのか。その答えはこれからの観測と理論に委ねられています。しかし少なくとも言えるのは、この瞬間にも私たちは宇宙の歴史の中に生き、その一部として思考しているということです。
夜空を見上げることは、この宇宙の中で私たちを成立させた無数の条件の重なりを見上げることなのです。
長井知幸(ながい・ともゆき)◎宇宙物理学者。大学、大学院とアメリカで高エネルギー宇宙物理関連の教育を受け、物理学Ph.D.を取得。ハーバード・スミソニアン天体物理学センターが主導する国際的コラボレーション、ガンマ線望遠鏡の天文台建設と運用に参加する。完成後はアリゾナ州の荒野で巨大な望遠鏡郡を操作し、ブラックホール、活動銀河中心、スターバースト銀河などを観測、宇宙における高エネルギー現象を研究。20年間のアメリカ生活後は九州大学で再生可能エネルギーなどの研究に参加。現在は熊本県阿蘇郡にある公開天文台「南阿蘇ルナ天文台」次世代型天文台開発ディレクター。
南阿蘇ルナ天文台:熊本県阿蘇くじゅう国立公園にある宿泊体験型の公開天文台。国際的に広まりつつある社会的処方の観点から天文体験が心身に与える影響を調査研究し、ウェルビーイングに資する体験型プログラムの構築、専門人材の育成、オンラインにも拡張した次世代型公開天文台の開発に力を入れる。


