熊本県阿蘇くじゅう国立公園にある宿泊体験型の公開天文台「南阿蘇ルナ天文台」は、国際的に広まりつつある社会的処方の観点から天文体験が心身に与える影響を調査研究し、ウェルビーイングに資する体験型プログラムの構築、専門人材の育成、オンラインにも拡張した次世代型公開天文台の開発に力を入れる。
同天文台の次世代型天文台開発ディレクターである宇宙物理学者の長井知幸博士に、以下、地球という惑星の、生命体にとっての、絶妙かつ奇跡的な「らしさ」についてご寄稿いただいた。地球はいかにわれわれにとって「ちょうどよすぎる」惑星なのか。そのあらましをご堪能いただきたい。
地球型惑星は見つかり始めたけれど
地球は「ちょうどよすぎる」
私たちが立っているこの地球は、あまりにも「ちょうどよすぎる」場所です。
水が存在できる距離、生命を支える元素、そしてそれらが整った時間─
そのすべてが、わずかにずれていれば、今の地球は存在しなかったかもしれません。
前回の記事(人は星のかけらでできている。しかし「生命の材料」は宇宙でどう誕生したか? )で述べたように、私たちの身体や地球を構成する元素は、恒星の誕生と死を繰り返す宇宙の進化の中で生み出されてきました。その長い歴史の果てに、いま私たちはここに存在しています。
本稿では、その生命の舞台となる「惑星」に視点を移し、この「ちょうどよさ」の正体を探っていきます。
ここで一つ、重要な前提を確認しておく必要があります。私たちは現時点では、さまざまな生命の可能性を想像することはできますが、それを具体的に検証する手段としては、「地球型」の生命を基準にせざるを得ません。液体の水、炭素を基盤とした化学的環境、適度な温度環境─これらはすべて地球における生命から導かれた条件です。したがって本稿で語る「生命の可能性」とは、あくまで地球型生命に基づいた議論であることを、まず明確にしておきます。



