実例集
ゼレンスキー大統領とトランプ大統領の対談
まずは多くの人が覚えているであろうトランプ大統領が就任した直後のゼレンスキー大統領との対談を見ていこう。この対談は約50分間ほどあったが、ゼレンスキー大統領とヴァンス副大統領の口論がフォーカスされたので印象に残っている方もいるだろう。
この対談でトランプ大統領はゼレンスキー大統領に対しロシアとの戦いをやめるべきである、という主張を何度も繰り返した。この際の彼のストレートな発言の構造は次の通りである。
【主張】
戦いをやめろ【本論】
・ウクライナもロシアも多くの兵士が命を落としている(だから戦いをやめるべきだ)・この対談中でさえも兵士は命を落としている(だから戦いを一日でも早くやめるべきだ)
・命を落とした兵士たちには親がいる(親は一日でも早く戦いをやめて欲しいだろう。だから戦いをやめるべきだ)
・多くのお金が費やされている(もっと良い使い道があるだろう、だから戦いをやめるべきだ)
実は「戦いをやめろ」という【主張】と上記の【本論(理由・理屈)】はこの50分の対談で少なくとも3度繰り返された。
またインタビュアーが「自分を過去のどのような大統領に重ねるか…?」という「(それまでの)戦い」と関連性が全くない質問をした際も
「そうだな、ジョージ・ワシントンやエイブラハム・リンカーンあたりだろうね。私に言わせれば、私の方がジョージ・ワシントンやエイブラハム・リンカーンよりもはるかに優れているけどね。……いや、もちろんただの冗談だよ、わかるだろ? 私は自分を他の誰かと比べるようなことはしないよ」
と一応回答しつつ、この50秒後には「戦いをやめるべきだ」「兵士が今この時でさえ命を落としている」「兵士を送り出している親もいる」と話を巧みに戻している。
記述してしまうと、トランプ大統領の【本論(理屈)】にはきらびやかな印象はなく、スマートなビジネスパーソンが相手を論破するようなカッコいい印象もあるように思えないかもしれない。しかし、彼の【本論】のしたたかさは、隠れた【議論】の部分にある。トランプ大統領の発言の構成には、隠れた【議論】があるのだ。
それは次の通りの【議論】となる。
自分が兵士の親だったら当然この戦いを止めてもらいたいだろう。違うか?
このような隠れた【議論】が見え隠れすると、トランプ大統領の「戦いをやめろ」という【主張】に対し、反対したり別の意見をぶつけることができなくなる。
なぜか。それは、戦いをやめられない考え方や理屈を大統領に投げかけようとしたところで、投げかけようとしている人の頭の中ではトランプ大統領が「(いくら戦いをやめられない理屈があってもいい。だが)お前が親ならどう思う? 戦いをやめてもらいたいと思うだろう。違うか?」と聞き返される、反論されるだろうことが容易に想像できてしまうからだ。
このように相手に何も言えなくさせるような隠れた【議論】を作りだす【本論】の構成こそ、「言い負かされる」「言いくるめられる」そして「押し切られる」ような印象を与えるカラクリとなるのだ。
次の例も見ていこう。
アメリカにも木はたっぷりある
2025年トランプ大統領が大統領に2期目就任した直後、印象に残っている彼の【本論】がある。それは3月4日にカナダとメキシコからの輸入品に対する25%の関税【主張】に関する内容だ。他の会見でも同じような内容が話されていたが、3月7日にホワイトハウスの執務室で行われたインタビューで次のように話した。
【主張】
カナダからの材木はいらない【本論】
・アメリカにも沢山の木がある。・アメリカで(法律を整え)もっと木を切れるようにする。
・それで稼いだお金で木をもっと育てる。
・防火帯を作るために切り倒した木だって活用できる。
別の会見では以下の内容も加えていた。
【本論】
・アメリカの木はカナダよりも良質である。
先ほどの例と同じように、トランプ大統領の【本論】を文字に起こしてしまうと、相手を論破するようなかっこよさやきらびやかな印象はない。しかし、全章でも取り上げたように隠れた【議論】が存在している。それは次の通りだ。
【議論】
・自国に木が山のようにあり、さらに無駄に捨てられている木があるのなら、君も同じように自国の木から消費するだろう。もったいないじゃないか。(違うか?)
・それだけじゃない。カナダよりも良質な木があるんだぞ。自国で消費するなら関税はかからない。安くて良質な木が使えるようになる。だとしたらまずは自国の木を使ったほうが良いと君も同じように考えるだろう。(違うか?)
・さらに量も確保できる。関税もかからず、より安くて、捨てられているような木もあるアメリカの現状があれば、まずはアメリカの木を使ったほうがいいだろう。(違うか?)
これらのトランプ大統領の発言に隠れて存在する【議論】は、その場で聞いている相手に対し、「お前だって同じことをするだろう」と思わせてしまう。従って、聞いている者は反論したくてもできなくなる。
さらに【主張】と【本論】に明確な一貫性が存在しているため、その一貫性を崩すような理屈をその場で瞬間的に作り出す事ができず、結果的に何も言えなくなってしまうのだ。このような構成こそ、「押しの強さ」を作り出し、特に日本のビジネスパーソンにとっては「言い負かされる」「言いくるめられる」そして「押し切られる」歯がゆく悔しい体験となるのだ。
少し補足となるが、一方でこの発言から1年が経過しトランプ大統領の【本論】は今日に至るまで世界中で吟味された。振り返ればいくらでも言い返せることがすでに分かってきている。
しかしコミュニケーションにおいては「振り返れば」では遅い。コミュニケーションは生ものであり常に前進しているからだ。後から言い返すことができたとしてもビジネスは進んでしまっているのだ。冒頭の例になぞらえれば、「あの時あぁ言っていれば……」と振り返る頃には研究が始まってしまっているのだ。これがコミュニケーションが常に前進しているという実体となる。


