「104」が終わる━━。
そのニュースを聞いたとき、私のキャリアの方向を決めた、一本の電話を思い出した。
NTT東日本・西日本が提供してきた電話番号案内サービス「104」は、2026年3月末で終了した。明治23年(1890年)、東京と横浜で電話交換業務が始まって以来、136年。このサービスは、私たちの社会にとって「声の道案内」だった。
かつて、このサービスは皆が当たり前に日々利用していた。ピーク時の1989(平成元)年度には、年間で約12億8000万回もの問い合わせを記録。当時の利用料は無料。インターネットが普及する前、私たちは「新しい場所」や「未知の誰か」とつながるための道案内として、「104」は利用された。
しかし、ネット時代の2024年度はピーク時の1%弱である年間1000万回前後にまで落ち込んだ。かつて全国300カ所に2万人いたオペレーターも、6カ所、200人ほどに縮小。これは単なるサービスの衰退ではない。「人に尋ねる」という行為そのものが、社会から静かに消えつつあることを表している。
街の若者たちに聞いても、「104」という数字から連想するのは「救急車?」といった反応であり、もはや存在そのものが知られていない。
しかし、数字だけでは語れない価値が「104」にはあった。
名前と住所を伝えると、オペレーターが探し、番号を教えてくれる。災害時には安否確認の問い合わせに応じ、日常では病院や店舗の情報を探し出し、時には人生の節目に立ち会ってきた。曖昧な記憶にも丁寧に寄り添い、「もしかしてこちらですか?」と確認してくれる。そのプロセスは、検索ではなく対話であり、合理性を超えた、ヒューマンタッチで助けてくれる頼れる人たちがいた。
104というダイヤルが人生を動かした!?
実は、「104」は私にとっての恩人であり、人生の転機をもたらしてくれた。
時計の針を、私が東京大学工学部で学んでいた頃に戻してみたい。
当時、私は大江建さん(後にアントレプレナーシップ研究を共に行い、私の博士号取得時の指導教官となる恩師)と出会った。将来はMBA留学をしたいと相談した私に、大江さんはこう助言をくれました。
「だったら、ボストンコンサルティングで働いてお金を貯めてから留学するといいんじゃないかな」
何をすればMBAに行けるのかすら分かっていなかった当時の私にとって、これほど具体的で明確な指針を示されたのは初めてだった。
だからこそ、大江さんの一言に、強く「すぐに動かなければ」と感じた。しかしボストンコンサルティングは私にとって初耳の謎の会社。当時はインターネットもなく、企業情報も簡単には手に入らず、頼れるのはただ一つ、「104」だった。
私:「都内に『ボストン コンサルティング』という会社があるはずなのですが、電話番号を教えてください」
オペレーター:「他に何か分かる情報はございませんか?」
相手の女性オペレーターの方は、私の乏しい情報に少し困っている様子だった。当時の私には、その会社がどこにあるのか、正式な名称が何なのかすら定かではなかった。受話器の向こうで、懸命に探してくれている気配が伝わってきた。そして━━。
オペレーター:「……ありました」
その一言で、未来が開けた気がした。
ホッとした安堵と、思わず拳を握りたくなるような喜びを、今でも覚えている。
その番号に電話し、結果として私は 株式会社 ボストン コンサルティング グループ(BCG)に入社することができた。どんな会社かもよく分からぬまま飛び込んだその場所が、私のキャリアの原点となった。
つまり、一本の電話━━104への問い合わせが、私の人生の方向を決めたのだ。



