おそらく、こんな言葉を耳にしたことがあるはずだ。
「AIが人に取って代わるのではない。AIを使う人が、使わない人に取って代わるのだ」。
最初に誰が言ったのか(そもそも言い出した人物がいるのかどうかも)定かではない。サム・アルトマンか、ジェンスン・フアンあたりではないかとも言われている。だが、AI革命が本格的に動き出したことが明らかになって以来、この言葉はすっかり耳慣れたものになった。
日常的な情報処理業務の自動化に対して労働者がどう反応するかを示す予測やモデルとして、この見立ては説得力がある。
一方で、これは目くらましにすぎないとの見方もある。企業が「スキル不足」を口実に従業員を解雇するための方便であって、本当の狙いは単なるコスト削減にあるというわけだ。
では、実際のところはどうなのか。
ChatGPTの登場から3年が経ち、AIが職場にもたらす実際の影響について、われわれはより明確な像を結びつつある。予測や憶測ではなく、現実の変化と変革が起こり始めている。
大規模な人員削減、再教育(リスキリング)の取り組み、そして特定の地域全体をAI人材とイノベーションの集積地に変えようとする政府の施策が次々と進められている。
だが、AIを仕事に取り入れることは、本当にキャリアやビジネスを将来にわたって安泰にするための「黄金の切符」となったのだろうか。よく見てみよう。
なぜAIスキルを持つ人材はそれほど価値があるのか
現時点で、企業にとってもっとも価値のあるAIとは、定型業務を自動化し、仕事を素早く効率的にこなし、あるいは新たな事業機会やビジネスモデルを生み出すAIだ。
理屈のうえでは、AIツールを使いこなせる労働者は、そうでない労働者よりも多くの業務を素早く片づけられるはずである。
しかし、本当の意味で大きな成果を手にするのは、AIを単に効率化のために使うのではなく、自分の仕事そのものをゼロから捉え直すために使える人々だ。
たとえば、ソフトウェアエンジニアリングを考えてみよう。AIがすでに大きな破壊的影響を及ぼしている分野であり、エントリーレベルの職が消えつつあり、シニア開発者の生産性が高まっているとの指摘がある。
定型的なコードの生成やバグ修正にAIを使うといった「手の届きやすい果実」は、少なくとも理論上は、効率と生産性の向上への分かりやすい道筋を示してくれる。
だが、AIが事実上、自分の指揮下にある仮想労働力を丸ごと提供してくれるものだと気づいたエンジニアは、プロジェクトのアーキテクトあるいは指揮者のように振る舞えるようになり、達成できることの中身そのものを根本から変えていく。
同じように、人事担当者もAIを使って手っ取り早い成果を上げられる。履歴書のスクリーニング、求人票のドラフト作成、社員からの定型的な問い合わせへの対応などだ。これらによって反復作業に費やす時間を削減でき、うまくいけば他の面でも生産性を高められる。
しかし、もし彼らがAIを使って、人事業務全体を貫く労働力管理システムを構築し、採用ニーズについてデータに基づく予測を行い、社員ごとにパーソナライズされたキャリア開発の道筋を描き、組織パフォーマンスを継続的に最適化できるようになれば、まったく新しい可能性の地平が開ける。
教師の例も考えてみよう。採点や教材作成を自動化することで、生徒と直接向き合う時間を増やすことができる。さらに、生徒一人ひとりに合わせた学びの道筋を設計したり、授業の理解が追いついていない生徒に早めに手を差し伸べる機会を見つけたりできれば、まったく新しい教育体験を生み出せる。
理屈としては筋が通っている。だが肝心なのは、これが現実にどう展開しているかだ。職場はAIで武装した「スーパーワーカー」に席巻されつつあるのか。それともAIは、単に人員削減を正当化する口実として使われているだけなのか。



