ここで誤解を避けたいのは、「だから日本が勝ち、デンマークが負け」という単純な物語に回収しないことです。比較の目的は優劣ではなく、トレードオフの可視化です。雨の日が多いからこそ室内の居心地が鍛えられるのか、娯楽が少ないからこそ人の輪が厚くなるのか。因果を断定するより、自国の都市が提供している「快楽の回路」と「不足の回路」を地図に落とす作業が、戦略の精度を上げます。私たちはいつも、足りないものを補うより、すでに過剰なものに気づくのが遅いのです。ここで避けたいのは、「日本が勝ち、デンマークが負け」といった単純な優劣の物語に帰結させることです。比較の目的は、優劣をつけることではなく、むしろトレードオフ(あちらを立てればこちらが立たない関係)を明確にすることにあります。
例えば、「雨の日が多いからこそ、かえって室内の快適性が磨かれるのか」「娯楽が少ないからこそ、人々の結びつきが強くなるのか」といった因果関係を断定するよりも、自国の都市が提供している「満たされている回路(快楽)」と「不足している回路」を地図に落とし込む作業こそが、戦略の精度を高めます。
私たちは常に、不足しているものを補おうと躍起になりますが、それよりも、すでに過剰に存在する「豊かさ」に気づくことが遅れがちなのです。
ここで私が思い出したのは、組織や地域の戦略会議でよく起きる「一点のプログラム」への過信です。KPIが良い事業だけを切り取って称賛し、副作用や置き去りにされた生活の質を語らないとき、現場との信頼は静かにすり減っていきます。デンマークから学ぶべきは、グリーンやデザインの華やかな事例だけではなく、環境・経済・文化のバランスを一枚の絵として語り直す勇気ではないでしょうか。バウンダリー・スパナーに求められるのは、縦割りの「柱」のあいだに横串を差し込み、全体像をつなぎ直す役割だと、改めて腹に落ちました。ここで私が思い起こしたのは、組織や地域における戦略会議で頻繁に見られる「特定のプログラム」への過度な信頼です。KPI上好調な事業のみを取り上げて称賛し、その裏にある負の側面や、置き去りにされた生活の質の低下に言及しない姿勢は、現場との信頼関係を静かに損ないます。デンマークから学ぶべきは、華やかなグリーン技術やデザイン事例だけではなく、環境、経済、文化という三つの要素の均衡を、一枚の絵として描き直す勇気ではないでしょうか。このことから、部門間の連携を図るバウンダリー・スパナーの役割とは、縦割りの「柱」に横串を刺し、全体像を再構築することにあると、改めて確信しました。


