私たちの多くが日々抱えている静かな取り決めを考えてみてほしい。ほぼ全ての野心の裏側に潜んでいるもので、「◯◯のとき、私は幸せになれる」といったものだ。昇進したら、貯金が一定額に達したら、人間関係がうまくいったら、もっと広いアパートに引っ越したら、体型が理想通りになったらーー。
この言葉は多くの人にとって一種の内なる羅針盤のように機能し、努力に方向性を与え、犠牲に意味を持たせる。ただ、この考え方には1つ問題がある。数十年にわたる心理学研究によると、この考え方は間違っている。親切心からの助言が的を外すこともあるというものではなく、構造的かつ根本的に間違っているのだ。
私たちが達成によって得られると期待する幸福は長続きしない傾向がある。そしてその失望の裏にあるメカニズムは個人の欠点ではない。人間の心に深く組み込まれた特性であり、心理学者たちはそれに名称をつけている。
乗っていることに気づかない「幸福のトレッドミル」
この現象は「快楽順応」、あるいはより印象的な表現である「快楽のトレッドミル」と呼ばれる。人間がほぼあらゆることに慣れてしまう驚くべき能力のことだ。何か良いことが起きると幸福感は高まる。だがその感覚は次第に薄れ、生活が元の軌道に戻るにつれてかつて特別に感じられたものがごくありふれたことへと変わる。
この基礎となる研究は1970年代にさかのぼる。心理学者のフィリップ・ブリックマンとドナルド・キャンベルは、対極にある経験をしていると考えられる2つのグループを調査した。1つのグループは宝くじの当選者たち、もう1つのグループは事故によって下半身付随になった人たちだ。およそ1年のうちにどちらのグループも幸福度は最初の水準に戻っていた。大きな喜びも深い不幸も、予想していた以上に一時的なものだった。
専門誌『American Psychologist』に掲載されたエド・ディーナーらによるその後の研究は重要な点を補足した。人はネガティブな出来事よりもポジティブな出来事に対して、より早く、そして完全に順応するのだという。私たちは文字通り、良いことをすぐに当たり前のことと感じるようにできている。このトレッドミルは止まることはない。自分がその上にいることに気づきにくくなる。
幸福の到来という誤謬
このパターンが続くのは、将来の出来事が自分にどのような感情をもたらすか、そしてその感情がどれくらい続くかを予測するのが私たちは本当に苦手だからだ。
米ハーバード大学の心理学者ダニエル・ギルバートはこれを「感情予測」の失敗と説明する。望ましい未来を想像するとき、私たちは肩書きや手にした鍵、体重計の数字といった結果を思い描くことはあっても、その結果に適応して慣れてしまう自分や、やがて次の段階へと目を向ける自分を想像することは滅多にない。
心理学者タル・ベン・シャハーはこれを「到達の誤謬(ごびゅう)」と呼んだ。目的地に到達すれば持続的な充足感が得られるという、文化的に強化された思い込みのことだ。昇進を目指して5年間努力し、いざ昇進を果たしてから数週間もたたないうちに虚しさを感じた人は感謝の心が足りないのではない。人間なら誰しも経験しうる普遍的なパターンを体験しているのだ。



