ワインに目覚め、ツアーの合間に世界の醸造家を訪ねた日々
ムーアは、昔からワインに親しんできたわけではない。「祝日の家族のディナーで出されるワインなんて罰ゲームだと思っていた。あまりにまずかったから」と語る彼女に転機が訪れたのは20代の頃だった。新たなマネジメントチームは男性中心で、ワインを好み、そのための予算を惜しまなかった。彼らは、ツアーのオフ日に彼女を本格的なレストランへ連れて行くようになった。
ムーアたちはライブ会場やホテルのジムを抜け出し、ワイナリーを訪ねるようになった。「私のような旅をしていると、『ブダペストはどうだった?』と聞かれても答えに困る。ホテルのジムのスチームルームは壊れていて、ライブ会場はブカレストの会場と同じように見えた。それだけだから」とムーアは語る。ツアー中のワイナリー訪問は、彼女にとって、こうした繰り返しの日常から抜け出す手立てとなった。
なかでもムーアを強く引きつけたのが、シャトー・ボーカステルのワインだった。「会話が止まるようなワインだった。『待って、これは何?』という感じだった」とムーアは語る。彼女はその後、英国発祥のワイン教育機関「ワイン&スピリッツ・エデュケーション・トラスト」の講座を受講し、UCLAエクステンションでも学んだ。
シドニー公演のステージを終えた彼女は、そのまま舞台裏へ駆け込み、ノートパソコンを開き、ワイングラスを並べて勉強を始めた。「私は高校を中退したけれど、若いうちは学びを十分に活かせないと思う。深く打ち込めるものを見つけるには、まず自分自身を知る必要がある」とムーアは語る。彼女にとって、それがワインだった。
シンガーとしての仕事は夜が中心のため、日中は世界各地のワイナリーを巡って知識を深めた。ムーアは、オーストラリアの名門ワイナリー、ペンフォールズの醸造責任者ピーター・ゲイゴを訪ね、地下のセラーに入り、幻のワイン「グランジ」にまつわる話を聞いた。
フランスのロワール渓谷のクロ・ルジャールでは、故シャルリー・フーコーと時間を過ごした。フーコーは、彼女にとって道しるべとなったワインの1つ、カベルネ・フランを手がけた人物だ。ムーアは通訳を伴って、ほとんど予備知識のないままセラーを訪れた。フーコーは、彼女が思いつく限りの質問を投げかける間、2時間にわたって英語を話せないふりをしていた。ところが彼女が核心を突く質問をすると、フーコーは突然、流暢な英語で話し始めた。「うそでしょ、という感じだった。ずっと私を試していたんだ」と彼女は笑う。
ムーアはその後、フーコーが使ったシュヴァル・ブランの樽を譲ってもらえないかと尋ねたが、答えはノーだった。「それで私は、分かった。じゃあ食事に行こう、という感じだった」と彼女は語る。
オーストラリアでのツアー中に、現地を見ずに買ったサンタ・イネスの畑
ムーアと夫のケアリー・ハートは20年にわたり、カリフォルニア州サンタバーバラ郡のサンタ・イネスへオートバイで通い、ワイナリー巡りを楽しんでいた。最初は控えめにテイスティングをしていたが、最後にはすっかり陽気になっていた。
ムーアは、サンタバーバラ郡の魅力について「まだ十分に知られていないワイン産地に根づく、農家らしい気質と謙虚さが好きだった」と語る。彼女はオーストラリアでのツアー中に、オンラインでサンタ・イネスのブドウ畑の売り物件を見つけた。夫のケアリーに現地の確認を任せ、自分は1度も見ないまま購入した。「あれは運命だったんだと思う。今の私は、世界で最も魔法のような土地の1つを預かる立場にある」とムーアは語る。


