サイエンス

2026.05.09 18:00

なぜ人間は泣くのか、進化生物学者が解き明かす「涙」の真の目的

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脳の画像撮影からも、このメカニズムが裏付けられた。感情的な涙の匂いを嗅ぐと、嗅覚と、攻撃に関連する神経ネットワークの機能的接続が増加し、敵意を持った行動に関連する脳の領域を積極的に抑制することがわかったからだ。

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生化学の分析から、この機能が作用する理由について、重要な背後関係が明らかになった。感情的な涙は、目の表面を潤して乾燥から守る基礎的な涙や、切った玉ねぎを目にすると流れる反射的な涙とは、化学的な素性が異なるという。

具体的には、感情的な涙には、プロラクチンや副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、ロイシン-エンケファリン、カリウム、マンガンの濃度が、大幅に上昇しているという。こうしたホルモンおよびペプチドの特徴は、「感情の高まりと関係なく流れる涙」には、まったく見つからないようだ。

言い換えるなら、涙には、涙を流す人の内面の状態を示す分子的な記録が含まれているということだ。つまり、化学的な視点から言えば、涙は正直なシグナルと言える。

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ただし、この分野の科学的研究はいまだ発展途上で、議論もある点には注意が必要だ。2011年の論文に記されている最初の発見についても、その一部については再現の試みが失敗に終わっており、もとの研究を行なったチームからは、再現実験の方法論について疑問が投げかけられている。

一方、攻撃性が抑制されたとする2023年の実験は、ケモシグナルに関する、より厳密なプロトコルのもとで実施されており、より検証に耐えるものだと判明している。つまりこのメカニズムの全体像は、より明確になりつつあるが、まだ完成形ではないということだ。

生物学と文化的な文脈で異なる、涙の意味

涙にこれほど多くの機能があるのなら、我々人間の多くが、懸命に涙をこらえるのはなぜなのだろうか? 涙が持つ生物学的機能と、泣くことに関する文化的規範のあいだには緊張関係が存在し、その矛盾は、現代的な生活においてますます明らかになっている。

社会人、あるいは男性社会の文脈では、感情をあらわにする行為(特に涙)には、社会的なコストが伴う。科学の世界では、涙は洗練された意思疎通の一形態であり、効果があるからこそ発達してきたことを示す証拠が続々とあがってきている。それにもかかわらず、我々は、涙を「弱さ」の現れとみなすような、職場やリーダーの理想像、ジェンダー規範を築いてきた。

涙を流す頻度に性差があることを示す研究結果は、現実に存在する。女性の方が男性よりも泣く頻度が高いことは、複数の研究によって何度も示されている。こうした差が生まれる理由には、ホルモンによる部分と、社会的な許容度による部分があるようだ。

しかし、涙を流すことや、他者の涙に反応する能力を支える神経生物学的なメカニズムは、性別を問わず普遍的に存在するとみられている。男女で異なるのは、涙を流す能力ではなく、それが許容されるかどうか、という点だ。

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翻訳=長谷睦/ガリレオ

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