池田のパートナーは、音のクリエイティブカンパニーであるLada。この共創における「文化資源」は、特定の伝統工芸ではない。日本各地の環境音そのものである。漁港には漁港の、里山には里山の、渋谷には渋谷の音の風景がある。それを一つの空間に編み直して、聴覚だけで列島を旅させる。
商業施設やイベントの現場で、指向性スピーカー自体は珍しくない。池田がこの作品で拓いたのは、既存技術にリアルタイム処理を掛け合わせ、鑑賞者の身体そのものを「編集点」に変えたことだろう。
展示・発表会の後、池田はアートの社会実装にまで話を広げていた。美術館のオーディオガイドの刷新、観光資源としての音のアーカイブ。一つの作品から、いくつもの出口が見え始めている。
壁に「三世」を埋蔵する
8組のなかで、ちょっと変わった座標に立っていたのが石田康平×レゾナック・ホールディングスの「住居に夢幻を埋蔵する」だ。
建築を学んできた石田は、壁と音を組み合わせて、そこにない時間と空間を一つの部屋に同居させた。3枚の壁はそれぞれ「過去世」「現在世」「未来世」と名づけられ、その中央にある井戸は「どこでもない場所」として機能する。能の音楽や雅楽のように、異なる音が混ざり合ったかと思えば、またほどけていく。
メンターの倉森京子はこの作品を「現代の数寄屋」と評した。好きなものを集めた空間が数寄屋なら、先端材料テクノロジーで最高の空間を作り上げ、人を招き入れるのがこの作品だ、と。

印象に残ったのは、石田が鴨長明の『方丈記』を参照したという話だ。方丈庵は一丈四方、およそ4.5畳の小さな住まい。鴨長明はその庵を組み立て、解体し、牛車に載せて大原から日野へ移した。800年以上前の「ポータブル建築」である。
石田はこの発想を手がかりに、自身の壁と音のシステムを約4.5畳のモジュール単位で設計した。組み合わせれば空間になり、ばらせば運べる。アート作品であると同時に「規格化し、汎用化できる設計システム」でもあるところが面白い。石田自身が語っていたのは、たとえば災害時の避難所への応用だった。壁の遮音と反射の特性を活かせば、体育館のような場所にも個人の居場所をつくれるかもしれない。
8つの実験が開いた扉

会場にはほかにも、井村一登×ExtraBoldによるナルキッソスをモチーフにした巨大3Dプリント彫刻「bulbocodium」、杉浦久子×東洋竹工による「旅する茶室」、EXP2FLOOR×WOMBの観客参加型クラブイベント、涌井智仁×Design Solution Forumの半導体を「浪費」するリサーチ型インスタレーション、snipe1×セーレンによる盆踊りの再発明「BOM(b) MATSURI」が並んだ。
どの作品にも共通していたのは、完成品を見せて終わる従来型の展示ではなかったということ。観客の足音が作品の一部になり、作品の延長線上でクラブイベントが開かれ、リサーチのプロセスそのものが展示される。
齋藤が語っていたように、アーティストは作っている最中に考え方が変わっていく。その予測不能な変化を許容して、伴走する仕組みを行政が設計したこと自体が、このプロジェクトの一番の実験だったのかもしれない。


