岩のぬいぐるみ、あるいは「自然」の再発明
8作品のなかで、この「掛け算」が最も鮮やかに結晶して見えたのが、松山周平とsuzusanが協業した「Encoded Nature on Cloth」だった。
松山の本業はプログラマー。大型プロジェクションや映像システムが本来の武器で、ふだんは電気がなければ始まらない世界にいる。ところが今回、彼は電気を使わない作品を作った。本人いわく「松山史上初」のことらしい。
出発点は、「持ち帰れない岩」だった。3Dスキャンしたデータをもとに岩の形状を物理的に再現しようとしたのだが、デジタルの力だけで自然を模倣すると、どうしても表面が整いすぎてしまう。GPUの性能が上がるたびに、プログラマーたちは水や山のシミュレーションに挑んできた。松山もその衝動をもちながら、どこかで「自然に近寄れない」壁をずっと感じていたという。
そこに、絞りの手仕事が入ってきた。
suzusanは有松鳴海絞りを軸にしたブランド。綿やリネンなどの天然繊維を扱ってきたが、今回はポリエステル系の生地に絞りの技法を施し、ヒートセットで形状を固定するという方法で、3Dスキャンデータに基づく「岩の表皮」を作り上げた。

デジタルが設計図を描き、人の手が偶発性と揺らぎを載せていく。まだら模様の「蜘蛛絞り」や、指先で引き上げる独特のテクスチャーが、岩肌に計算では生まれない表情を与えた。
展示・発表会で松山は、会場に置かれた柔らかい岩の前に立って、穏やかに語っていた。本来の岩とは違う。でもこれは「果たして岩なのか」「自然とは何なのか」という問いが立ち上がる作品になった、と。
プログラマーがGPUを手放して、100年の手仕事に身を預けたとき、画面の中では生まれなかった「自然らしさ」が布の上に宿った。持ち帰れなかった岩が、触れて、抱きしめられるものに変わっている。
一つの空間に、五つの旅を
もう一つ、このプログラムの思想がくっきり浮かぶ作品がある。池田翼×Ladaの「おとがたりの列島」だ。
池田はサウンドエンジニア兼テクニカルディレクターで、サウンドインスタレーションの制作も手がけている。今回の発想の種は、美術館でのごく素朴な気づきだったそうだ。絵画を鑑賞するとき、私たちは視線を動かすだけで複数の作品を同時に視界に収められる。ところが音の作品となると、一つの空間には、一つの音しか居場所がない。それはもったいないのではないか。
128個のスピーカーを並べた指向性アレイを用い、特定のポイントに立ったときだけ音がくっきり浮かぶ「焦点音源」を実現した。日本各地でフィールドレコーディングした環境音を5つのポイントに配置し、数歩歩くだけで都市の雑踏から山間の沈黙へ、海辺のうねりへと移動できる空間を構成している。センシング技術も組み込まれていて、空間内の人数や位置に応じて音のパラメーターがリアルタイムに変わる。何周しても、体験が少しずつ違うのだ。


