指が、不浸透性の(水分を通さない)表面に接触すると、指紋の隆線にある汗孔から水分が放出される。その結果、皮膚の角質層が軟化し、それによって摩擦が増大する。同時に、隆線のあいだにある溝が、毛細管現象(狭い隙間に水分が入り込むこと)による蒸発を通じて、余分な水分を排出し、指が滑りやすくなるほど濡れてしまうのを防ぐ。
その結果、手が乾いていても濡れていても、驚くほど幅広い条件下で最適な把持を維持する自己修正システムが実現する。ネコやクマのように、表面の滑らかな肉球を持つ肉食動物には、同じことはできない。彼らの肉球は、把持するか、滑るかのどちらかだ。対照的に、霊長類の指先の皮膚は、自らの摩擦を恒常的に調整している。
この進化上の利点は、樹上生活をしていた霊長類の祖先にとって、極めて大きな価値を持っていただろう。枝をつかんだり、果実を摘み取ったり、木々の間をくぐり抜けたりするのに役立つからだ。高所から滑落してしまったら、そのたびに生命の危険を伴う。濡れていても乾いていても、粗くても滑らかでも、確実に物体をつかむことのできる指先は、維持する価値のあるツールだった。
2つ目の仮説は、物を「つかむ」ことよりも、「感じる」ことに焦点を当てている。霊長類の指は、極めて感度の高い器官であり、圧力、質感、振動、細かな空間的詳細を感知する機械受容器を多く備えている。
皮膚の隆線は、こうした感度を、特異かつ巧妙な方法で高めているとみられる。すなわち、凹凸のある表面を皮膚が滑る際に生じる微小な振動を、隆線が導き増幅することで、その奥にある機械受容器に届く信号の周波数成分を増大させているのだ。
一方、2021年に学術誌『Young Anthropology』に発表されたレビュー論文は、「果実の質感仮説(Fruit Texture Hypothesis)」と呼ばれる説を検証している。初期の樹上性霊長類が、指先の感度を利用し、触覚によって果実の熟度を判断していたとする説だ。
未熟なイチジクと熟したイチジク、あるいは、硬い種子と軟らかい種子のあいだにある、微妙な物理的違いを感知することは、採餌において真の利点をもたらした可能性がある。隆線の密度が高いほど、どんな瞬間においても、物体と接触する表面積が増加し、触覚入力の空間分解能(2点への刺激を2点として感じとれる最小距離:皮膚の「解像度」)が向上する。
とはいえ、このような、触覚のみに焦点を当てた仮説には疑問点もある。隆線は、手のひらや足裏にも見られるが、これらの部位は通常、微細な質感の識別には用いられない。これは、指紋の進化がいわゆる「触覚の鋭敏さ」だけによるものではないことを示唆しているが、同時に、触覚の鋭敏さが一因であることを否定するものでもない。結局のところ、進化が単一の機能のみを果たす構造を生み出すことはまれだからだ。


