「まだ二合目」━━世界を見据えたプラットフォーム
それから数年が経ち、世界に先駆け、日本では2021年1月に頭頸部がんを対象に光免疫療法が実用化された(※保険適用となったのは、「切除不能な局所進行または局所再発の頭頸部がん」。頭頸部がんとは、首から上の、喉頭・咽頭・舌などにできるがんの総称)。
2026年4月現在、治療を受けられる治療拠点は全国で200前後、光免疫療法は新しい治療オプションとして、少しずつではあるが、確実に存在感を増してきている。とはいえ、世界のがん医療の全体から見れば、まだごく一部の患者に届いているにすぎない。
「感覚としては、まだ二合目ぐらいですね」と三木谷は言う。

ひとつの大きな山は、日本だけでなく世界で承認を得ること。次のマイルストーンとして、2028年に米国FDAの承認取得を見据える。そのうえで、頭頸部以外のがん腫にも応用範囲を広げていくことが、より大きな目標となる。
光免疫療法を基盤に確立された「アルミノックス(R)プラットフォーム」は、単一の薬剤や手技ではなく、治療法を開発するための技術基盤で、それをもとに治療の開発を行っている。ターゲットとする抗原が変われば(つまり、狙うがん腫が変われば)、結合する抗体を変えることで別のがん腫にも応用し得る。さらに、オプジーボやキイトルーダなどの免疫チェックポイント阻害薬との併用や、手術・放射線とのコンビネーション治療など、既存のモダリティと組み合わせられる余地も大きい。
「今は切除不能な進行・再発した頭頸部がんでのみ承認されていますが、これは入り口にすぎません。さまざまながん種に適応できればいいし、初発のがんにも対応させたい。既存治療と異なるアルミノックス治療と、他の治療を組み合わせることで、根本的にがん治療の概念が変わってくる可能性がある。プラットフォームをさらに発展させ、第5のがん治療としての立ち位置を確立していきたい」
手術、放射線、化学療法、そして免疫療法─従来の縦割り的な治療を横断し、新しい標準治療の柱になり得るか。光免疫療法の開発は、いままさにその正念場を迎えている。
独占知財を「オープンにする」という決断
そうしたなかで、2025年1月に発表された「IR700の学術研究目的での無償提供」は、多くの医療関係者を驚かせた。
「抗体と光感受性物質の複合体」の重要な構成要素のひとつであるIR700という色素は、光免疫療法の要ともいえる分子であり、その特許は事実上、楽天メディカルが押さえている。
にもかかわらず、そのIR700をアカデミアに無償で開放するというのだ。
どういうことなのか。
実は、この楽天メディカルの独占的な知財戦略と矛盾するようにも見える三木谷の決断の背景には、日本の創薬環境への危機感がある。ドラッグラグやドラッグロスが問題視され、かつて世界トップクラスだったはずの日本の創薬力は、いまや欧米や中国、インドなどに押されている。欧米で普通に手に入る薬が、日本では承認されておらず、保険が効かない、買えないということが少なくない。


