もう一つ、SSIR-Jの特集が教えてくれる大事な論点があります。それは、情熱の影です。
社会を変えたい、誰かの役に立ちたい、よりよい世界をつくりたい。そうした強い思いは、たしかに人を動かす大きな力になります。けれどもその一方で、使命感が強いほど、自分を後回しにしやすい。成果が出ないと、自分の存在価値まで揺らぎやすい。これはソーシャルセクターだけの話ではなく、パーパス経営を掲げる企業にも通じる構図です。
理念に共感して働くことは、組織に強い推進力を与えます。しかしその分、無理をしやすくもなる。疲弊や燃え尽きを、個人の弱さとして処理してしまえば、組織は同じことを繰り返します。だからこそ、理念を掲げる組織ほど、そこで働く人の神経や感情の反応を理解し、疲弊や燃え尽きを個人だけの問題にしない視点が必要になります。そう考えると、トラウマの理解は、単なるメンタルヘルス施策の一部ではなく、組織文化そのものの問い直しにつながっていきます。
「トラウマの理解」はこれからの経営の教養になる
社会イノベーションは、しばしば新しい事業や仕組みの話として語られます。もちろん、それも大切です。けれどもSSIR-Jの記事を読んで改めて感じるのは、それだけでは足りない、ということです。
システムを変えたいなら、そのシステムの中で人がどう傷つき、どう反応し、どう関係を結び直すかまで見なければならない。制度や事業だけを変えても、人と組織の深いところが変わらなければ、私たちは何度でも似た行き詰まりに戻ってしまう。だから、これからの社会イノベーションに必要なのは、アイデアや資金や制度設計だけではありません。人と組織が、安全に変化できる条件をどうつくるか。その問いに向き合うことです。
トラウマという言葉は、どこか福祉や医療の領域の話のように聞こえるかもしれません。でも本当は、これはリーダーシップの話であり、組織の話であり、経営の話でもあります。
不確実性が高く、分断が深まり、変革の圧力が常態化する時代において、リーダーに求められるのは、正しい戦略を描くことだけではありません。人と組織の内側で何が起きているのかを理解し、変化のプロセスそのものを壊れにくくすること。
その意味で、トラウマの理解は、これからのリーダーシップにおける、静かで、しかし非常に実践的な教養になっていくのではないでしょうか。
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