キャリア・教育

2026.05.04 14:30

職人の伝統技術を現代のライフスタイルに。世界から注目される地元工務店の哲学|大工アーティスト

菱田昌平|大工アーティスト

菱田昌平|大工アーティスト

あらゆる職業を更新せよ!──既成の概念をぶち破り、従来の職業意識を変えることが、未来の社会を創造する。「道を究めるプロフェッショナル」たちは自らの仕事観を、いつ、なぜ、どのように変えようとするのか。『転職の思考法』などのベストセラーで「働く人への応援ソング」を執筆し続けている作家、北野唯我がナビゲートする(隔月掲載予定)。

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北野唯我(以下、北野ご自宅に入った瞬間、どの素材も「生きている」と感じました。

菱田昌平(以下、菱田柱の木は栗ですが、杉やヒノキのようにまっすぐでなく動きがあるでしょう。その曲がりが美しいと思っています。

北野:そうした感覚は昔からですか?

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菱田:大工になりたてのころ、曲がった木を自分の都合でまっすぐに削り出そうとしたことがあるんです。やってみたら、ものすごく気もち悪く見えてしまった。木目も切れてしまうし、木がもっている自然な流れに逆らっている感じがしたんですね。そこから、必要以上に人の手を入れないことが大事だと思うようになりました。

北野:とはいえ、建築には直線も必要ですよね。

菱田:そこが面白いところで、丸い木を四角い木材にする技術自体は、伝統的な技術として尊いものです。丸太をハツって平らな面を削り出し、四角い材にすることで、日本の建築は大きく発展しました。ただ、今はそれを機械が一瞬でやってしまう。そうなると価値の置き場が変わるんです。自分は、機械にできないことに建築を引き戻している感覚があります。

北野:今の仕事の核になった転機はありますか。

菱田:ひとつ目は中学校に行かなくなった時期です。いじめられたわけじゃないし、むしろ小学校まではヤンチャな側のリーダーだったのに、急に学校に行けなくなった。朝練を寝坊したという、ささいなきっかけですが、本当に予定外でした。

今思うと、縦社会のルールを急に押しつけられる感じに違和感があったと思います。小学校までは先輩と後輩もフラットな関係だったのに、中学へ入った途端に序列が強くなる。それが自分には合わなかった。ずっと家にいて、もんもんとしていましたが、中学3年のころに出会った先生がアメリカのフリースクールに連れていってくれたのが大きかったです。

北野:日本の学校とどこが違うのでしょう。

菱田:例えば「今は勉強しなくていいタイミングだね」と当たり前のように言われます。遊ぶ、暮らす、考える。その中で夢や目標が生まれて、必要になった時点で初めて学びが出てくる順番でした。日本だと、まだ何になりたいかもわからない段階で、とにかく点数を取って走れと言われる。でも彼らは、自分で目的を決めて、そのために学びます。

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文=神吉弘邦、北野唯我(4P) 写真=桑嶋 維

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