キャリア・教育

2026.05.04 14:30

職人の伝統技術を現代のライフスタイルに。世界から注目される地元工務店の哲学|大工アーティスト

菱田昌平|大工アーティスト

「曲線」の価値が高まり、「直線」の檻から飛び出す時代がやってきた

なぜ、私たちはこれほどまで「直線」に囲まれて生きているのだろうか。

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都会のオフィスビル、整然と区画された道路。私たちの日常は、効率の象徴である直線で埋め尽くされている。だが、自然界を見渡せば、そこには「完璧な直線」など存在しないことに気づく。

長野県坂城町で訪ねたのは、大工アーティストであり「菱田工務店」の代表を務める菱田昌平氏だ。彼は、木材がもつ本来の「曲がり」を殺さず、むしろその曲線を生かした建築を追求している。

菱田氏のキャリアは、異色という言葉ですら足りない。中学校での不登校を経て、16歳でわたったアメリカのフリースクールで、彼は人生を貫く哲学に出会う。「遊びから夢が生まれ、それをつかむために学びが必要になる」。受動的な教育ではなく、自らの目的意識から始まる学びが最高の結果を生む。この「遊びと学びの混然一体」こそが、彼の創造性の原点だ。

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彼が取り組んでいるのは、職人の技術を単なる伝統として守るのではなく、経済合理性のなかに組み込む「経営」への挑戦である。菱田氏は言う。「一流の職人ほど、経営は二の次になりがち。だが、それでは技術は残らない」。

その思考のよりどころとなるのが、江戸時代の日本独自の数学「和算」だ。彼の先祖に和算家がいたことをきっかけに、菱田氏は自らの思考が和算に近いことに気づく。数字を単なる計算の道具ではなく、形や「関係性の美学」としてとらえる。彼はこれを「現代の和算」と考え、属人的な職人技を、世界に通用する普遍的なフォーマットへと昇華させようとしている。

「家とは、人が生まれて死ねる場所。もっと評価されるべき空間なんです」

効率化だけを追い求める現代のビジネスにおいて、菱田氏が提示する「不便さのなかにある学び」や「時の重なりがつくる美しさ」は、一見すると時代に逆行しているように見えるかもしれない。だが、AIが論理的な答えを一瞬で出す時代だからこそ、人間が手で触れ、五感で感じる「曲線」の価値は高まっていく。

取材の最後に、私はふと考えた。私たちは、合理性という名の「直線」の檻に自らを閉じ込めてはいないだろうか。菱田氏が切り開く「必然性のある出会いと、誠実なものづくり」の先には、私たちが忘れかけていた「人間らしい豊かさ」が広がっている。


北野唯我◎1987年、兵庫県生まれ。作家、ワンキャリア取締役CSO。神戸大学経営学部卒業。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問などを兼務し、20年1月から現職。著書『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『仕事の教科書』ほか。近著は『採用の問題解決』。

文=神吉弘邦、北野唯我(4P) 写真=桑嶋 維

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