キャリア・教育

2026.05.04 14:30

職人の伝統技術を現代のライフスタイルに。世界から注目される地元工務店の哲学|大工アーティスト

菱田昌平|大工アーティスト

北野:大工の道に進んだ理由は?

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菱田:16歳の自分を受け入れてくれたのがこの業界だった、という感覚ですね。建築って、人が生まれてから死ぬまでの時間にかかわれる、すごく幅の広い学問。世界にもつながるし、学びのフィールドとして最高です。自分にとって仕事は、お金かせぎというより、まず学びです。お金は後からついてきてくれる。そこははっきりしています。

職人を残すには「経営」が不可欠

菱田:もうひとつの転機は、28歳でヨーロッパの職人たちと一緒に仕事をしたことです。そこで初めて「このままだと世界中の職人が死ぬな」と思いました。

北野:死んでしまうとは?

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菱田:世界中から集まった職人たちは、みんなとても技術を愛している。でも、そのプロジェクトに参加しても報酬はない。渡航費も出ない。準備も含めれば1カ月近く費やすのに、経済がまったく回っていませんでした。しかも、普段の仕事で彼らも本当にやりたい手仕事をできていない。職人は、サービスをつくるのも、ビジネスを起こすのも得意じゃない。世界中の一流の職人たちが同じところでつまずいている。だから「職人を残したいなら自分が経営から逃げちゃいけない」と思いました。

北野:普通の職人さんと発想が違いますね。

菱田:職人の目線で「この技術はすごいでしょう」と言っても、現代の生活者に伝わりません。でも、先に「これ素敵だよね」「見たことがない」という体験があれば、そこに技術の話を重ねられる。この家に案内した人にも、最初から技術の話はしません。「すごくいい」と感じてくれた後に「なぜいいのか」を説明すると、手仕事の価値がちゃんと伝わります。

北野:その後、ベルギーとの出会いも大きかった。

菱田:ベルギー人の友人がアントワープのクリエイティブな環境にいました。ワクワクしつつも、おそるおそる家族で訪ねたら、街並みも空気も素晴らしかった。そこから、毎年のようにベルギーを拠点にヨーロッパを旅するようになりました。

ベルギーって、いろんな文化をうまく混ぜる国で、オランダ語とフランス語を使い分けて異文化を吸収するのがうまい。そこが自分に合いました。フランスやドイツほど我が強くなく、どこか日本人っぽい。日本の感覚とヨーロッパの感覚をつなぐ入り口として、たまたまこの国だったのは大きかったです。

北野:その感覚がこの家に生きている。

菱田:売れ筋の自宅をつくって会社の武器にするのか、それとも本当に自分が住みたい家をつくるのか。この家を建てるとき二択を迫られましたが、後者を選びました。毎年ベルギーに通って「本当に暮らしたいのはこれだ」と思えるスタイルが見つかったからです。結果として、この家で初めて自分の世界を表現できました。

北野:そんな菱田さんのスタイルをどう伝えていますか。

菱田:「和算」でしょうか。江戸時代末期のご先祖に菱田与左衛門という和算家がいました。数字を読むとか、関係性を見るとか、そういう自分のやり方が、最近になって和算に近いと思うんです。和算とは、単なる比率や計算ではなく、関係性の美しさをとらえる体系です。自分も設計するとき、間取りや構造、プロポーションを同軸で見ます。

ベルギーにある200年前くらいのティンバーフレームの建物へ行ったときは、30分くらいで主要なところだけを測ってきました。それを自分の哲学に落としてこの家にしています。部分を押さえると全体が再建できる。この感じが和算っぽいです。

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文=神吉弘邦、北野唯我(4P) 写真=桑嶋 維

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