その他

2026.04.28 08:30

イランの「小型艇狩り」にも投入、米空軍のタフな老攻撃機A-10が当面延命へ

stock.adobe.com

ソ連機甲部隊との戦闘用に設計されたA-10

A-10の開発は1960年代初めに始まった。当時、米軍はまだ、主力の対地攻撃機として朝鮮戦争(1950〜53年)時代のダグラス製A-1「スカイレイダー」を頼りにしていた。

advertisement

1963年から1969年にかけて広範な研究が重ねられ、新機種の仕様は徐々に洗練されていき、いくつかの試作機も検討された。そして1972年12月、フェアチャイルド・リパブリックのA-10Aが選定され、あわせて同機用にゼネラル・エレクトリック(GE)がGAU-8「アベンジャー」30mm機関砲の製造を担当することも決まった。戦車を粉砕する強力な機関砲であるGAU-8は初速が非常に速く、第二次世界大戦中に米軍の一部のB-25「ミッチェル」爆撃機に搭載された75mm砲のおよそ20倍に達する。

砲身を回転させながら連続射撃するガトリング砲であるGAU-8は、航空機用兵器としては比類のない発射速度も誇る。毎分最大で4200発を発射可能であり、これほどの対戦車撃破能力を持つ機関砲を搭載した攻撃機は歴史上ほかに見当たらない。

A-10は戦闘地域一帯を長時間徘徊し、視程約2.4km、高度約300m以下の条件下でも作戦行動を実施できる。短距離の離着陸能力も備え、前線近くの簡易滑走路からの運用も可能だ。

advertisement

A-10の生産は1972年に開始し、1977年に米空軍で正式に就役した。

A-10の戦歴

A-10は1983年の米国によるグレナダ侵攻「抑えきれない怒り(アージェント・フューリー)作戦」で初めて実戦投入された。A-10は米軍部隊に航空掩護を提供し、前線近くの作戦行動での有効性を証明した。ただし、この時は敵の抵抗には遭遇せず、その非常に高性能な機関砲が「怒り」に任せて火を吹くこともなかった。

A-10が戦闘作戦に参加したのは1991年の湾岸戦争が初めてであり、その際には予想以上の活躍を見せた。A-10はGAU-8でイラク側のヘリコプター2機を撃墜したほか、イラク共和国防衛隊の部隊に対する多数の任務飛行を行った。

イラクでの作戦中にA-10は地対空ミサイルで6機撃墜されたものの、約70機は戦闘で損傷しながらも基地への帰還を果たしている。多くは現地で修理され、任務に復帰した。湾岸戦争でのA-10の任務遂行可能率は95.7%に達し、米空軍はこの実績を受けて、A-10をF-16「ファイティング・ファルコン」戦闘機の近接航空支援型で置き換える計画を撤回した。

退役を求める声が数十年にわたり上がり続けてきたにもかかわらず、A-10はいまもなお戦闘に従事しており、ホルムズ海峡での小型艇に対する攻撃という新たな任務にも投入されている。そのため、ウォートホッグはさらに数年は敵に打撃を与え続けられる可能性がある。

forbes.com 原文

翻訳・編集=江戸伸禎

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事