サイエンス

2026.05.03 18:00

尻尾を失ったヒトに、今でも「尾骨」が残っている理由

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このことが機能という面で何を意味するのかを調べるために、前述の研究論文の著者らは、この遺伝子の両方のバージョンを発現するように、マウスの遺伝子を操作した。つまり、類人猿の初期の祖先に起きたと思われることを巧みに再現したわけだ。

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その結果、興味深いことに、どちらのバージョンがどれくらい発現するかによって、マウスが発達させる尾が短くなったり、尾がまったく発達しなくなったりすることがわかった。

言い換えれば、この一つのゲノム変化だけで、わずかな短縮から、完全な消失まで、あらゆるパターンで尾を短くできるということだ。

だが、この発現に伴う結果は、尾の変化だけではなかった。これと同じ遺伝子発現の変化は、マウスの神経管障害にも関連していた。これは、脳と脊髄に影響を与える発達異常だ。特に注目すべきは、この障害が現在のヒトでも、出生児1000人につき1人ほどの割合で起きることだ。

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この事実からすると、私たちの尾の喪失は、多くの人が考えているような「良いことだけがある」変化ではなかったのかもしれない。この研究の知見は、尾の喪失が、進化上のトレードオフを伴っていた可能性を示唆している。解剖学的な変化に伴う、小さいが持続する発達上のリスク、というトレードオフだ。

さらに重要なのは、研究結果からすると、この変化は限定的な遺伝子的イベントによって引き起こされたものであり、その出来事の残響が、今なお私たちの生体機能の中に現れていると示唆されることだ。

ヒトに尾骨が残っている理由

私たちが、解剖学的特徴から尾を取り除くように進化したのなら、尾がすっかりなくなっていないのはなぜだろう? 小さな「骨の名残」を残しておくのに、何の意味があるのだろうか? 簡単に答えるとそれは、進化によって何かが完全に消し去られることはめったにないからだ。進化はむしろ、既存の形質に手を加える傾向がある。

『The American Journal of Medicine』で発表された2022年の研究で説明されているように、尾骨は、しばしば言われるような、進化の過程で残された無用のものではない。尾がなくなってからの長い年月のあいだに、もともとの機能を失った尾骨は、転用されて新たな機能を担うようになった。これは外適応として知られるプロセスだ。

具体的に説明すると、尾骨は、多くの筋肉や靱帯や腱、とりわけ骨盤底を構成するものをつなぐ重要なアンカーポイント(中心的な基準点)になった。そうした筋肉は、骨盤内器官の支持や、排泄抑制能力の維持に不可欠な役割を果たしている。

二足歩行の進化に伴い、骨盤と脊柱には、こうした外適応をはじめとする、いくつかの大きな変化が起きた。私たちの祖先が直立二足歩行を始めたため、骨盤底にかかる負担が大きくなり、それにより、安定したアンカーポイントを提供できる構造の機能上の重要性が生じた。尾骨は、そのシステムにぴったりはまったのだ(最初と比べれば短縮されていたとはいえ)。

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翻訳=梅田智世/ガリレオ

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