サイエンス

2026.05.03 18:00

尻尾を失ったヒトに、今でも「尾骨」が残っている理由

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人間が直立二足歩行を始めるよりはるか前、それどころか、類人猿がほかのサルの親戚から分岐するよりもはるか前に生きていた私たちの祖先には、尻尾があった。その尾には機能があり、表情豊かだった──尾は体のバランスをとり、意図を伝え、私たちの祖先が身体を使って世界を動きまわるやり方に根本的な影響を与えていた。

だが、それから数千万年を経たいま、私たちに残っているのは尾骨(尾てい骨)だけだ。尾骨は、複数の椎骨が融合した小さなかたまりであり、尾のように延びる部分はまったくない。当然、こんな疑問が生まれる──かつて私たちの生存にとって、尾がそれほど中心的な役割を果たしていたのなら、なぜ尾はなくなったのか? そして、尾をなくす必要があったのなら、進化の過程で完全に取り除かれなかったのはなぜなのか?

幸いなことに、最近の進化生物学の研究は、これまでになく明快でメカニズムに基いた答えを提供している。

ヒトはいつ、そしてなぜ、尾を失ったのか

進化生物学者が追跡したところでは、ヒトの尾の消失は、2000万~2500万年前ごろの、すべての類人猿の共通祖先までさかのぼる。

類人猿(エイプ)以外の現生のサル(モンキー)は尾を維持しているが、類人猿に尾はない。研究者は数十年前から、尾の喪失は、移動様式の変化に関係があるに違いないと推測していた。もっと具体的に言えば、二足歩行と直立姿勢へ向かう変化に伴うものとされていた。この二つはいずれも、尾の必要性を低下させる特徴だ。

この説は今でも有効なものの、『Nature』に掲載された2024年の研究では、進化生物学者が長年探し求めていた説明が提示された。尾の喪失が実際にどのように起きたかを説明する、具体的な遺伝メカニズムが提示されたのだ。

この研究論文の著者らは、TBXT遺伝子で起きた一つの重要な変化を特定した。この遺伝子は、脊椎動物全般で、尾の発生に欠かせないものだ。類人猿へと至る系統では、この遺伝子のノンコーディング領域に、可動性のDNA断片(Alu配列と呼ばれる、転移可能な要素の一種)が挿入された。

それだけなら、重大なこととは思えないかもしれない。だが、この特定のケースでは、この配列が、近くの古いAlu配列と相互作用するかたちで挿入され、遺伝子がどう処理されるかが変化した。

具体的に言うと、Alu配列の相互作用が、選択的スプライシング(alternative splicing)につながった。選択的スプライシングとは、一つの遺伝子を、機能の異なる複数のバージョンにするプロセスだ。その結果、標準の長さのTBXT遺伝子と並んで、短いバージョンのTBXT遺伝子がつくられた。

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翻訳=梅田智世/ガリレオ

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