振る舞いが会社の在り方そのものになる
以前、別の知人から聞いた話がある。宝飾の仕事をしていると陥りやすい勘違いがあるという。自分は別にお金持ちではないのに、宝石を扱い、それを買う富裕層を相手にしていると、自分もその階層に属しているような感覚を持ってしまう人がいる、と。
これは宝飾業界に限らない。ラグジュアリやプレミアムなブランドを扱う立場にいると、ブランドの威光を自分のものと錯覚することがある。「このブランドの人間だ」という誇りが、気づかないうちに「あなたより上だ」という態度に変容していく。そういう人を、筆者はこの仕事を通じて少なからず見てきた。
今回の友人の話でも、面接官はプレミアムブランドである自社のポジショニングをやや高く誤解していたようだ。友人はIKEAのほかにプレミアム寄りのブランドであるThe Conran ShopもBoConceptも挙げており、MassとPremiumが混在したそのリストは、生活者のリアルな感覚を正直に表したものだった。プレミアムブランドとラグジュアリーブランドは明確に異なるが、自社もそうありたいという思いがいつしか「そうだ」という思い込みになり、誇りが驕りに変わっていたのかもしれない。
しかし、ブランドへの誇りと威張ることは、まったく別のことだ。それに、ブランドの力は自分の力ではない。ブランドは商品の品質と、それを届ける人間の誠実さと、積み重ねてきた信頼から生まれる。その信頼は会社のものであって、個人のものではない。だから、それを理解している人ほど、威張らないものだ。
筆者は長年、企業のトップエグゼクティブのプレゼンスに関わってきた。そこで何度も目にしてきたのは、立場が上がるほど、その人の振る舞いが会社の意志であり、在り方そのものになるという現実だ。
その人の言葉が組織の空気になり、その人の態度が会社の基準になる。だからこそ、上に立つ人ほど問われる。威圧ではなく、節度。優位性ではなく、品位を。
採用面接でも、クライアントとの初回ミーティングでも、登壇でも、自分が「そのブランドの顔」として人の前に立つ場面は無数にある。そのすべての瞬間に、ブランドの信頼は積まれもするし、削られもする。相手を小さく扱っても、自分のブランドは大きくならない。
コーポレートブランディングの仕事をしている立場として、そして長年エグゼクティブ・プレゼンスについてコンサルティングをし、数多くの企業と企業トップを見続けてきた立場として、筆者はこの出来事を一つの教訓として受け取った。
「絶対にやらない」と決めるべき振る舞いがある。それは当たり前すぎることなのだが、相手の存在を尊重する姿勢を失することだ。ブランドは、最終的にそこに関わる人の在り方でできている。そして相手への敬意を失った瞬間、それは簡単に壊れる。経営者がどれほどブランド哲学を情熱的に語っても、現場の振る舞いにその意思が宿っていなければ、そのブランドは成立しない。
今、あなたの会社では、誰がブランドの顔として人の前に立っているか。そしてその人は、企業が掲げるブランドの約束を、その振る舞いで体現できているか。日本では新年度を迎えた4月。改めて自らに問うてみてほしい。


