贈り、贈られたモノや体験は、人生を変えるほどの力を持つことがある。企業のトップ、リーダーたちが経験した、モノや体験に介在する特別な思い入れを紹介する。自身の生き方、サクセスストーリーにも影響を及ぼしたであろう「GIFT」の逸話には人間味あふれる姿がある。希薄化も言われる現代の人間関係とは異なる、特別な関係だ。
THE GIFT #35
稲垣貴彦
若鶴酒造株式会社 代表取締役CEO
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その昔、原料の麦をネズミから守るため蒸溜所で飼育されていた猫
「ウイスキーキャット」を木彫りで表現。
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東京のIT企業から家業の若鶴酒造に戻ったとき、曾祖父から続くウイスキー事業は風前のともしびだった。老朽化した蒸留所を「三郎丸蒸留所」として再建した際、手を貸してくれたのが富山県南砺市の井波にある島田木材の代表、島田優平さんだ。そして、共に開発したのが地元産ミズナラを使った「三四郎樽」である。この樽が生む独特のオリエンタルな香りは、重要な香味を担い、海外での評価も高い。
蒸留所の再出発に際し、島田さんから贈られたのがミズナラの苗木と井波彫刻のウイスキーキャット・三四郎だ。「林業もウイスキー事業も、次の代へと受け継いで初めて仕事ができたといえる」との言葉が心に響いた。
その後私は、世界初の鋳造製蒸留器「ZEMON」を開発。この2号機を導入してくれた岐阜県・舩坂酒造店の有巣弘城社長が「飛騨高山蒸溜所」を開設された際、今度は私から木彫りのウイスキーキャットを贈った。『不思議の国のアリス』にちなみ「チェシャ」と命名されたその猫は、蒸留所同士のつながりと飛越交流の象徴ともいえる存在。三四郎とともに、今日もそれぞれの地でにらみを利かせている。
いながき・たかひこ◎1987年、富山県生まれ。大阪大学経済学部を卒業後、IT企業へ入社。2015年に若鶴酒造へ入社し、伝統と革新によるウイスキーづくりで、国内外から高い評価を得る酒蔵へ押し上げた。著書に『ジャパニーズウイスキー入門─現場から見た熱狂の舞台裏』(角川新書、2024年)がある。



